人生に悩む君へ

他人の不幸は蜜の味はやめましょう。

これありますよね。他人の不幸が好きなひとって日本において凄い多いと思います。日本人ってなぜか他人の不幸が好きです。

だから、可哀想なひとには本当に優しいんですよね。例えば、あれですよ。

受験とか特にそうです。一緒に予備校にいっていてもいくら仲の良い友人でも受験においてはライバルであり敵になってしまいます。

すると、模試とかで自分ほうが良い点数をとっていると優越感を感じませんか?

確かに競争することは大切ですよ。でも嬉しいということは大切ですけど、優越感を感じてしまうとそれは相手を傷つけることになるんですよ。

相手だってギリギリの状況で毎日生きているんです。だからこそ、模試の結果がかえってきたときに良い成績を自慢したりすると相手としては精神的な苦痛ですよね。

でもこれをするひとって結構いて、相手と自分を比較して相対的に自分の価値というものをはかるんですよ。

意味の無い事だとは思いませんか?

大切なことは自分と相手の成績がどれだけ違うかということではなくて、志望している学校にうかるかどうかです。

そこに相手に対する優越感があるということはとても怖いことだと思っています。

他人の幸せをめちゃくちゃたたえてみたら?

これ一回でもいいのでやってみてください。

実はとても難しいことだと感じると思いますよ。誰でも自分が価値のある人間だと思いたいわけです。だからこそ特に日本においては他人と同じような道を歩むひとが多いわけですよね。

だって、他人と同じ道を歩んでいれば自分より歳の下のひとに負けることって確率的に言えば少ないからですね。

つまり、自分が一番でなくてもいいからビリになるのは嫌だという発想ですよ。

でもこういうひとこそ他人の幸せをたたえるということをやってみてほしいです。人間のなかでそういうことをするひとって少ないですからその時点で圧倒的ニッチなわけですよ。

それを計算でやるのはもちろんおかしいと思いますけどね。

でももし、こういった性格をなおすことができたなら自分ももっと幸せになれると思います。

なぜなら、自分を評価する基準も自分独自のものになるからです。他人と比べるということはとても大切なことです。

しかし、それで苦しんでしまっているのであればそれは間違っていると思っていい。

だって、自分の人生なんて実際、誰と比べるものでもないじゃないですか。自分の持っている服のことをダサイと思われたっていいじゃないですか。だってそれは自分が好きだと感じて買ったものでしょう?

自分が好きなこと、自分の大切なものに対して鈍感なひとって本当の幸せというものを見失ってしまいがちなんです。

自分が世界で一番だと思ってしまおう

これって重要だと思います。自分のことをラッキーな人間だと思いますか?ちなみに私はこの世で一番ラッキーな人間だと思っています。

でも、こう思わない人だってたくさんいると思うんですよね。この違いはなんでしょうか?

それは悪い所を見つめるかどうか?ということなのです。もちろん運が悪かったことを考えることが悪いことだとは言いません。

けれど、それを見ていたってなにも起きません。そんなことやっていてもただ時間がかかるだけなんですよ。それならもっと自分のためになることに向けて頑張ったほうがいいじゃないですか。

私にだって色んな辛いこととかアンラッキーなことって起こってきましたよ。でもそれも全て違うなにかに繋がるようなものなんだなって思うんですよ。

そう思えるようになれたらもっと変われると思います。

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水瀬まりも
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月間30万人が読む「テトラエトラ」というメディアブログ運営/4つの会社の経営者、役員(人材会社、広告代理店、映像、不動産)/大学生の頃に父を亡くしビジネスの世界へ/前向きに生きることができる言葉を綴っていくよ。「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルもやってるよ。