人生に悩む君へ

生きるのが嫌になった?それでも良いじゃない。楽に生きよう。

生きていると、どうしても嫌になってしまう事って皆さんにはありませんか?

これって実際にあると思うんですよね。

 

リストラされてしまって、もう後がなくなってしまったり、家族が突然いなくなってしまったりとか、友達や恋人に裏切られてしまったりとかってあると思うんです。

 

そして、そんな時にふと「生きるのが嫌になった」事ってあると思います。

 

実は、私も生きるのが嫌になるくらい大変な事が意外とたくさんあるんですね。

でも、それでも今が楽しいと言えるし、生きていて良かったなと感じる瞬間がたくさんあったんです。

 

だからこそ、生きるのが嫌になったという人に、今回は私の経験を踏まえて書いてみようと思います。

生きるのが嫌ならそれでも良いじゃない。もっと楽に生きましょう。

自分が悩んでいる事なんて実は大した事がない

 

これは本当に私が思う事でした。私は若い頃に父を亡くしているんですね。

しかも、病気ではなく、突然死だったんですよ。

 

そして、父が亡くなった時に「多くの借金がある事」がわかったんです。実は数億円もあった。大学生の私には「億」という良くも悪くも夢のある数字に現実味がなかったから、実感があまりなかった。

でも、巨大な借金ですよね。

 

もちろん父が亡くなった事はとても悲しい事でした。

でも、それと同じくらいお金がない暮らしというものがどれだけ大変なのか?という事を理解したような瞬間だったんです。

 

父が亡くなってからはお金が本当になかったので、とにかく節約をしました。

昼はメンチカツ一個だったし、シャワーはほとんど使わない、湯船なんてとんでもない!という状況だったんですね。

それまでは割と裕福な暮らしをしていたと思う。ホテルのディナーに行ったりとか、クラシックのコンサートにも頻繁に行きました。習い事だってたくさんした。

そこから急に変わって、父が亡くなった事によって突然生活が変わってしまう苦しみ、そして、抗う事の出来ない孤独。

 

あらゆる苦しみと闘っていたのが当時の私でした。

 

確かに、普通に考えれば生きるのが嫌になるレベルだったと思うんですよね。

借金はすぐに返せるようなレベルのものではなかったし、突然の父の死という事で、今までの思い出が目の前に走馬灯のように現れてきて、

 

本当に辛い毎日でした。

まさしく、生きるのが嫌になる瞬間ですよね。

 

でも、私はその時に

 

「私の悩んでいる事なんて大した事ない」とも思えたのです。

 

これは、こういった経験をした事がない人にはわからないでしょう。

こういった辛い経験をしたからこそ、感じるものがあったのです。

 

辛い経験をすると、なぜか

「辛いのは私だけだ!」となってしまうものなんですね。

なぜ自分だけがこんな憂き目にあわなければいけないのだろうか?と思ってしまうものなのです。

 

でも、本当にそうでしょうか?

 

例えば、死というものは万人に訪れる宿命です。

今までに生死の循環から逃れた人など、一人もいないのです。

 

だからこそ、今ではなくとも、将来的にはみな、こういった辛い経験をするものなんですよね。

 

つまり、自分が辛い状況にあると、私たち人間は、さも自分だけが不幸な体験をしているような錯覚に陥ってしまう事が多いのです。

 

でも、世界には日本人よりももっともっと辛い目にあっている人がいます。

毎日の暮らしを立てる事が精一杯で、将来の事など、到底考える事が出来ないという人が本当にたくさんいるんです。

 

でも、その人たちが体験しているような辛い状況に私たちは本当に陥っているのでしょうか?

生きるのが嫌になった。と言えるような状況に私たちは本当にいるのでしょうか?

 

実は自分の悩みなんてそこまで大きなものではなく、ほとんどの場合は解決出来るものなんですね。

借金だって破産してしまえば良いと思うし、生活だったら生活保護をもらう事だって最終的には出来ますよね。

 

生きるのが嫌になったと言えるくらいの悲しさに直面したという事はわかります。

 

でも、そこまで深く考える必要なんて実はないんです。

時が解決してくれる事だってありますよ。

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自分が持ったもので、私たちは死んでいく

 

生きるのが嫌になったという時ってどんな状態だろう?

って考えてみたんですよね。

私の場合なら父が亡くなった時ですよね。父という絶対的な存在がいなくなってしまった悲しみはもちろんですが、

「もう会えないんだ」という大きな時間の壁が一番辛く、悲しいものでした。

 

でも、これってどんな事だろう?って考えてみたんです。

 

悲しいと感じるのは「前はあったものが今はないから」という事だと思ったんです。

人間はよく優しさや寂しさを語りますが、自分という物語に存在しない人やモノにはそういった感情を持たないのが私たちなんですよね。

 

例えば、「◯◯市の◯◯さんが亡くなりました。」というニュースを見た時に

皆さんが三日三晩泣き続ける事はないでしょう?

つまり、その人との物語を自分の中に持っていない限りは人は悲しいという感情を持つ事が出来ないようになっているんです。

 

ある意味、合理的で、淡白なところがあるんですよ。人間はね。

 

ここに、私はヒントがあると思うんですよね。

 

親が亡くなったりとか、会社をリストラされて生きるのが嫌になったという人も最初は

「何も持っていない、ただの人間」だったんです。

でも、いつの間にか、お金を手に入れて、家族を手に入れて、車、時計、家と様々なものを手中におさめていったんです。自分の所有物を増やしてしまった。

 

人間は経験からなる生物です。

 

つまり、一度手に入れてしまうと、それ無しには生きる事が出来ないようになっているんです。

だから、一度手に入れたものを失うという事は辛い事なんです。

 

ただ、本当は何も持っていない、完全に無の存在だったんだ。と思う事により、私はあらゆる辛さから解放されたのを覚えています。

 

人間は自分が何かを持っていると、執着します。

そして、プライドを持ち、虚栄心を持ちます。

 

そして、それによって、人は死んでいくのです。

 

だからこそ、私はそんなものを持たずに、ゼロの存在になるという事をおすすめしているのです。

何も持っていない自分だからこそ、自由に生きる事が出来るし、悲しみからも解放されるんです。

 

生きるのが嫌になったって言いますけど、本当は何も持っていない空っぽの人間なんですよ。

もっと楽に、そして、自由に生きて良いんです。

だって、今私はこう思っているから。

 

「生きてて良かった。」

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水瀬まりも
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