人生に悩む君へ

忘れたように振る舞って、ずっと覚えている。それが人間だよな。

今日。こんなチャンネルを見つけた。

 

で、問題はこのチャンネルじゃなくて、コメント欄だった。

毎日笑って過ごしてたくさん友達がいても、私が学校を休んだ時に困る人は別に居ないんだよな。」なんてちょっぴり悲しいコメントがあって、

死んでも2日で忘れられちゃうよね」とか、同じような気持ちを抱えた人たちがたくさんいた。

 

でもね、「なら会ったことないけどこのコメント私が覚えてるから(てかまず死なないで、お願い)」という温かいコメントが来ていた。

これがなんか嬉しかった。私も、何人かの友達、親、知人が目の前からいなくなった。けど、覚えている人はきっといる。

 

忘れたようにみんな生きている。でも、ちゃんと、本当にちゃんと心では生きているよ。だから、そんな悲しいこと、思わないでよ。

 

忘れたように振る舞わないと苦しいもんね

 

外側から見れば、「完全に忘れてしまったように見える」のだと思う。たとえば死んでしまった人がいたとしても、それを忘れて生きているように見える。

でも、それはそう見えるだけだったりもするんよね。そもそも、私たちって、忘れたように振る舞わないと苦しくなっちゃうのよ。

 

私も、小学校時代からの地元の友達が自殺で死んでしまった。私の父親も急性心不全で死んでしまった。その時のことは今でも忘れていないよ。

 

けど、忘れたように振る舞わないと、心が持たないんだよね。楽しそうに笑っているどこかの誰かの大切な人もどこかでいなくなっている。でも、その人がずーっと消えてしまった人のことを考えているのか?というと、そうじゃない。

 

だって、24時間、365日、消えた人のことを考えてしまったら、生きていけないと思うから。私だったら、「昔は長野旅行にいったな。あの時はエアガンで打ち合いしたな。」とか「受験勉強を深夜2時まで手伝ってくれたなぁ」とかさ。

そんなことをずーっとずーーーーーーっと考えていたら寂しくなっちゃうでしょ?

 

きっと、あのコメントを残した人はまだ大切な人が目の前にいるんだよ。で、「自分も忘れられちゃうのかな?」と想像「だけ」しているんじゃないかね。まあ、想像に過ぎないけ・ど・も♡笑

 

でも、本当にいなくなっちゃったらわかると思うんだよね。「ああ、忘れたように振る舞っていないと心が壊れちゃうんだな」って。今はわからないと思うけど、本当に突然目の前から人がいなくなったら、

こういうことだったのか」とわかると思う。

ザッハーチーズ

これウィーンなんだけどさ、ウィーンなんて最たるものだよ。写真を見る度に、「ああ、連れて行ってもらったな」って思い出す。

でも、毎日そんなことをしていたら悲しくなるから、「あえて」思い出さないようにしているんだよ。

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でも、ずっと覚えているよ

 

このコメントを書いた人は「忘れられちゃう」と思っている。でも、きっと私だけじゃなくて、誰でもずっとずっと覚えているのだと思う。

私が小学校3年生の時、1人の同級生が死んでしまった。先天性の心臓病だった。だから、ほとんど登校することもなく、「亡くなってしまったんだ」ということだけがクラスの先生から告げられた。

で、お葬式にも行った。小学校3年生だったけど、すごく衝撃的な光景だったことを覚えている。

 

他にもあった。小学校の友達のお母さんが息子である友達を迎えに来た。でも、目が見えない。糖尿病だから。で、その後、1年後くらいに死んでしまった。

でも、でもさ、みんな私、覚えているもん。忘れているかのように振る舞うし、誰かに話すこともない。「そういえば覚えてる?あの人、あの時死んだよね?」なんて会話をすることはない。

 

けど、ずっとずーーーっと心の中には残っているわけですよ。忘れた人なんていない。「そういえば、あの人、今この世界にいないね?」なんてシュールなことは起こらないよ。

 

鋼の錬金術師という漫画に「俺が死んでも世界は何事もなかったかのようにまわっていく」みたいなセリフがあった。あの時にね、たしかに「そうだよね」と思った。

それは事実ではある。けど、世界は何事もなかったのように動いて、関係のある人たちも、友達も家族も何もなかったかのように過ごすかもしれない。

 

でも、忘れたわけじゃないよ。忘れたように振る舞って、ずっと覚えていて、時々、1人で悲しくなる。そういうことの繰り返しの中で、なんとか生きているんだ、と。

そう思う。

忘れてないって。誰も。誰も忘れていないからさ。

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君がどんな人だろうと、誰かが覚えてくれている

 

なんかよく、「良い子にしていないと……」みたいなことをさ、神様の代弁者ばりに喋ってくる人っているじゃないですか。

でも、私、別にそんなこともないかな?と。

 

だって、私もそうだけど、まあいつでも24時間、365日正しく生きているわけじゃないじゃんか????

だからね、君がどんな人間だろうと、誰かが覚えてくれているよ、と言いたい。君がすごく浮気者だったとしても、君がすごく勉強ができなかったとしても、

貧乏だったとしても、大富豪だったとしても、誰かが覚えてくれている。「あの人いたな」と。

 

それが意味するところは「死んでも良いよ」ってことでは毛頭なくてですね、「だから生きろよ」というメッセージであります。

 

君がどんな生き方をしようと、結局誰かが覚えてくれている。だから、いつ死んでも同じってことよ。だからね、絶望するわけでもなく、気張るわけでもなく、

まあ今を生きて欲しいなって。

誰からも思い出してもらえないなんて悲しい世界だな、と思うけど、そうでもないぜ?っていう。

 

例えば、このブログやYouTubeで関わってくれた人だって、私はずっと覚えています。何なら怖いくらい覚えていますw

だからね、生きてよね。寂しいこと言わないでよね。そんなにこの世界、捨てたもんじゃないぜ?

 

楽しい世界だよ。優しい世界だよ。オレンジ色の世界だよ。

うん。はい。なんか何かよくわからないことを徒然なるままに書いてみましたが、頑張って生きていきましょうっ٩( ‘ω’ )و

 

ではでは、まりもでした!!!

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ABOUT ME
まりも
まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。