人生に悩む君へ

就職してからの人生が放任主義すぎる件についてw

どうもまりもでございます!みんな元気かいいいいい???

毎日更新しているこの弊ブログ。もう4000記事くらいになっちゃいそう。いや、なってるのかな。笑

さて、最近歩いていたら昔大好きだった水道橋駅にある「たこ坊(なんで坊やw)」というめっちゃ美味しいたこ焼き屋が宝くじ屋に変わっていて悲しみに暮れました。はい。

でさ、

ちょっと思ったんだけど聞いてくれるか?

就職してからの人生についてなんだけどもね?

就職してからの人生ってさ、ちょっと放任主義すぎないか?と思うんよ。え?みんなは考えたことないですか?

私みたいな人間はさ、就職して死ぬまで働くみたいな王道でおじいちゃんになれるルートから外れた人間だから関係ないさ。

でもさ、普通の人だったらさ、例えば大卒だったとして、22歳くらいで就職して65歳くらいまで働くわけであってさ、

その間ってさ、「どうやって生きたら良いのか?」を誰も教えてくれなくないですか。ちょっとね、何というか、この世界に対する不満と言いますか、小さな存在ではございますが、小さな私がですね、

ちょっと言いたいことを……はい、始めますね。

 

就職するまでは割とかちっと決められた人生だったよね

 

まあこれの善し悪しはちょっと置いておこうぜ。うん。今はその話じゃないから。笑

えっと、そもそもさ、私たちって就職するまでは割とかちっとしたスケジュールで命を食い潰してきたような気がするんですよ。まあ、親のお金も食い潰しているんだけどなw

私の場合、大学まで行ったので、小中高大の後に就職。この流れ。人によっては高校までの人もいる。

中学時代なんてさ、本当にすごい束縛じゃなかった?びっくりしたよね????

授業だってさ、「びっちり6時間目」まで入っていたし、今考えると震えしか起きない。

15時くらいまでずっと座って授業」とか無理だよね。笑

ちょっと話は逸れるけど、修学旅行とかもまあきっちりだったじゃないですか。私なんて馬鹿な人間だったので、点呼の時間に何度も不在で担任の先生にボコされたこともあるw(まあ全然私が悪いんで良いんですけどw)

大好きですよ、○○先生♡(一応名前は隠してあげよう。笑)

まあそんな感じでね、守っていたか守っていなかったかは別にしても、「スケジュール」的なものがちゃんとあったよね。小学校に行けば「中学受験するかしないか」みたいなことを決めさせられるし、

高校3年生になれば、「就職するか大学に行くか」を決めるわけでしょ?でも、就職をする18歳とか20歳とか22歳くらい以降はさ、「はい!じゃあもうみんな自由に生きてよね?」という感じ急に放任主義になるような気がしちゃったのよ。笑

そんなことをするから私みたいな変な人間が生まれちゃうんですよ……。

これまでまあ縛り付けておいてさ、良い感じで「ドM精神」が育まれた瞬間、「君は君らしく自由に生きるのだ」と突き放される。これってどうなのよ?と思ったりもする。

私みたいな人間だったら、放浪狼少年みたいな感じで、どっちみち社会のレールには乗れないタイプだけど、普通の人だったらさ、「え?どうすれば良いの?誰か私の人生を決めてよ」なんて思ったりすることもあるんじゃないの?と。笑

まあそれこそ、社会主義的な感じの考え方ではある。カースト制度にも似ているか。「この学校を卒業してこの職業につきなさい。こういう風に働きなさい」なんて全て規程されているのはつらいっちゃつらいよねw

 

でもさ、あまりにも放任されていて、私みたいな「レールの上を歩きたい」的な日本人の場合だと、「えええええええ、困るんですけどおおおおお」となるような気がしている。笑

関連記事:どうでも良いことにこだわるのが人生の醍醐味だ

 

人生の中間地点を生きやすくする仕組みがあっても良い

 

私自身は自由に生きていたいタイプなので、そういう仕組みはいらないのだけど、世間一般として考えると、「人生の中間地点を生きやすくする仕組み」はあっても良いんじゃないかな?と純粋に思う。

例えば、大学に現役合格して、大卒として働く場合、22歳からもう働くわけじゃん?

そうすると、まあ65歳が定年だとしてさ、43年間はずっと自由に働かないといけないわけよ。で、その間、誰も何も教えてくれないわけであって、

  • 勝手に住宅ローン組んでね
  • 勝手に結婚してね
  • 勝手に死んでね

みたいな放任主義になっているような気がするのよ。みんな「自由が好き」なんて言うけど、自由になったらそれは「つらさ」にもなると思うのよ。

みんなも受験で習ったでしょう?「存在と無」を書いた人物であるサルトルの「自由の刑に処される」という言葉。

そうなんですよ。私たちは実は自由になったところで、「自由の刑に処された」かのように、つらさを感じるものだと思う。

 

就職してからの人生ってのはさ、たしかに大人だったら自分で考えて、自分で行動する必要がある。私はそういう「人生の冒険感」がすごく好きです。

でも、そうじゃない人もいるじゃんか。「決められた生活でゆったりと過ごしたい」的な人もいるのは当然のことだよね。てか、ほとんどの人がそっちだと思うのよ。

 

普通に可愛い人と結婚して、普通に働いて、何となくライフプランもあったら良い。転職とかも「この時期が良いですよ」みたいなのがあったらね、実は楽なんじゃないかな?と。

 

例えば、「22歳から30歳までは1社目」になります。次は「30歳から40歳までは2社目になります」的な社会の枠組とかあったら面白いな、と。

当然、それに伴って能力がない人の給料を下げたりとかね、そういうことはあると思う。でも、「選択する疲れ」は軽減されるような気もするのよ。話rあ

 

どうですか?人間の人生の中間地点をもう少し軽くでも良いから定義してあげると、もっと生きやすくなる人が出てくるのではないか?と。

関連記事:「愉快に生きる」が勝ち

 

不安定な世の中と言いますか

 

なんと言うかですね、どこかでこう……不安定な世の中というか、形になっているような気がするのですよ。

何だろうなあ。頑張らないと人生自体全うできない感じというか。笑

ほら、中学生の頃なんてさ、正直「学校に行って寝る」だけで生活できたじゃないですか。別に大して自分の生活のこととか、親の生活のことなんて考えないしさ。

私なんて、一度はネトゲ廃人になった方が良いという記事にも書いた通り、部活をやめてからなんて超自由にゲームばっかやっていたりしたけど、超楽しかったもんw

なんかあの頃ってみんな幸せだったんじゃね?と思ったりする。そりゃ、世間の人は「なーに甘えたこと言ってんだ〜〜〜」と怒り出すかもしれん。

 

でも、「めっちゃいじめられてて大変だった」的な例外を除けば、割と幸せだったわけで、そこにはやっぱり「楽しく生きるヒント」的なものがあったんじゃないかな?と思うわけ。

 

今の世の中の仕組み、まあ昔からですけど、やっぱり今の枠組ってのは、どこか「個人に対する重み」が大きすぎるようなところがあるような気がしているよ。

就職してから退職するまでとかさ、何となくこう自己責任の割合が大きくて疲れちゃう人何いるような気がする。

 

まあ完全に第3者目線で考えているだけなんですけどね。ええ。ではでは、まりもでした。

また明日の記事で。ばーい。

関連記事:本当は人間って強いし、本当は弱いし。で、そのバランスの中で何とか生きてるんよ。

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まりも
まりもだよ(o'ー'o)ワーキングホリデービザでウィーン在住(2022年〜)の29歳。中高6年間男子校で生活。海外をふらふらしながらなんだかんだ生きています。応援は「アマゾン欲しいものリスト」からお願いします。