恋愛と私

家族という考え方はもう古いような気がしている。

家族ってどう?みんなにはいる?てか、古くない?笑

そんなことを飯田橋駅のホームを見ながら考えていました。

綺麗なんですよね。この近くに「CANALCAFE」というカップル御用達みたいなカフェがあって、うん。そこで幸せそうなカップルを見かけるとハッピーな気分になります。

どーも。笑

こんなことを言うのはなんだけど、「家族」というものがもう既に時代遅れになりつつあるんじゃないかな?なんて思っています。

誰もが当たり前のように家族を作る。男は女と結婚して、子供を産んで、働いて生活していく。ここまで聞いても、何の違和感もないでしょう。

私だって、少し前まではそうでした。家族というものに違和感がありませんでした。でも、今の時代にはこの「家族というシステム」自体が時代遅れのような気もする。

 

私が今からどうこうするとかという話ではない。けれど、ちょっと時代遅れじゃないのかね?と論じていこうと思う。

 

家庭の収入なんて簡単に途絶える

 

いやあ、子供の頃はわからなかったけどさ、結構親って信用ならない存在じゃないですかw

みんながもし社会人だったとしたらわかると思う。「収入に対する不安」ってあると思うんですよね。社会人になってみると、転職は当たり前に存在するし、残業代の未払いや解雇なんてのも普通に存在するという事実に気が付く。

で、そういう「何でもない人たち」が親として子供を育てているわけですよ。

3割くらいの家庭は専業主婦家庭ですから、夫の収入「だけ」に頼っている家庭が3割もあるということです。

 

そう考えるとさ、子供としてはめちゃくちゃ怖くないですか。笑

家族という単位は壊れない。その前提で生活をしている。でも、私だって大学生の時に父親がなくなったから、その時は「もう大学を退学した方が良いかな」的な話になったしさw

家庭という単位がもう既に古い仕組みになっているような気がするのですよ。絶対に死なないとか、絶対にリストラされないとかさ、そういう能力があるロボットみたいな人が親だったら問題ない。

でも、人間だしさ、病気になるかもしれないじゃん?私の父親なんて急性心不全でパタっとあの世に逝っちゃったわけですよ。保険はあるかもしれないけど、一時的なものだし、頼りにならない。

そう考えると、すごいリスクの中で生活しているような気がしてきたのよね。

家族の収入、世帯収入なんてものは実はアテにならなくて、簡単に家族の生活が崩れていく。そう思うと、これから先もこのシステムに乗っかって生活していくのはおかしいんじゃないかな?とすら思ってきたんですよね。笑

こうやってタイ料理を食べていたら、家族連れとかカップルとかもいてさ、その人たちをみて、「ああ、この人たちの人生ももしかしたら……」なんてことを考えちゃったり。笑

でも、「昨日までは幸せな家庭だったんです」みたいな人って結構多いんですよね。そういう家庭が急に壊れてしまうことだってあるのよ。

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家庭をシェアする時代がきっとやってくる

 

これからの時代、家庭をシェアする時代になるんじゃないかな?なんて思っています。笑

1家庭で1人の子供を育てるという形ではなく、3家族で1グループくらいにして、集団で子供を育てたりとか、ある種の共同生活をしたりとか。

今ってさ、本当に1つの家庭という存在にあまりにも負担がかかっているような気がするのよ。夫が突然死んでしまったら、奥さんはどうすれば良いの?子供がいるのに中々ちゃんと働くことができなかったりもするでしょう?

離婚した場合だって、養育費がもらえるとは限らない。日本の場合、8割の人は養育費を支払っていないという現状がありますから。まあそりゃそうですよね。

もう関係ないわw」という相手に払わらない人だってそりゃいますよ。

だからね、詳しくどんな仕組みするのか?はわからないけれど、何かしらのシェアする仕組みになっていくんじゃないかな、と思う。

例えば、3家庭で毎月一定額の貯金をする仕組みにしよう。

で、今回の場合は「夫A」という自営業の男性の収入がコロナの影響によって途絶えてしまったとしよう。奥さんも働いておらずお金がない。

そんな時、3家庭でシェアしていれば、当面のお金を3家庭で出し合ったお金から捻出することができる。

そう、ちょうどこうやってピザをシェアするみたいにさ。笑

当然、「夫Aがずっと働かない可能性」がありますよね。「ここからお金をもらえるなら別に働かなくていいや」と。だからね、そこは結局「ソーシャルスコア」のようなもので、「スコアが高い人同士でグループ化する」としていれば良いのではないか?と。

それか……スコアが低く、リスクの高い家庭に関しては月々の拠出額を増やすとかね。そうすることによって不公平感は減っていくのではないか?と思ってしまう。

 

家庭」という単位をもっと敷衍して、広い意味での「家庭」になればもっと生きるのは楽になるような気がする。言ってみれば、「生きることのサブスク」とか「人生の保険」的なものよね。笑

そういうものがこれからの時代は発展していくような気がします。どうでしょう?未来のことだからわからないけども。笑

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色々な形があっても良いと思う

 

今は同性婚とかもあるし、籍を入れない事実婚とかの人も多かったりするよね。私の友達も、急に苗字が変わって、「これからは坂本として生きていく」みたいな人もいたのよね。

たぶん、それは相続的なことを考えての「事実婚→結婚」という流れだったと思う。まあ、本当にそれぞれの家庭で形が違っていても、別に問題ないと思う。

 

結婚してからも複数の相手が欲しいという人もいるだろうし、そういう人はそういう人同士で集まってしまえば良いと思うんよね。

結婚の価値観」とかって、なぜだかわからないけど人類共通のものを強要されているじゃない?「結婚はこうあるべきだ」みたいな。笑

家族とはこうあるべきだとかね。

でも、それは押しつけられた価値観であって、私たちが考える「個々の理想」とは違う。そう思うとさ、そろそろシステム自体に柔軟性を持たせても良い時期になってきたんじゃないの?とまりもは思います。

家族という考え方はもう古い。家族という単位はもう古い。でも、全員にとって古いわけじゃなくて、「誰かにとっては古いシステム」になっていると思う。

そこらへんが変わっていけば良いなあ、とか個人的に思っています。みんなはどう思う?

ではでは、まりもでした。

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まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。