人生に悩む君へ

君の絶望はいつか、誰かにとっての優しさになる。

生きていると大変なことってたくさんあるよなあ。本当にさ、誰がこんな面倒な世界を作ったのだろうか。

北海道の日高という街に出かけた時に可愛いキタキツネに出会いました。そんなキタキツネをみて私は思ったんですよ。

あれ?動物の方が楽に生きているような気がする」と。いや、別にそんなことはなくて、日々キタクツネ様たちだって大変だろう。

 

でも、人間界は働いて、面倒な人間関係の中で我慢して、家のローンまで支払って生きていく必要がある。なんて面倒なのだろうか。

誰がこんな人間界を作ってしまったのか知らないけれど、やっぱり生きるのって大変だったりもしますよね。絶望の連続こそ人生だ、なんて名言でも言っちゃいそうだ。

ええ。けどさ、君の絶望はいつかの優しさになる。だからね、その絶望にも意味はきっとあってだね……。

 

絶望するだけの時代を乗り越えられる人だけじゃない

 

絶望するだけの時代を生きていられるのか。それは本当に人によると思う。後はタイミングなんかもありますよね……。

例えば、私がサラリーマンを辞めた時なんて結構大変でした。だって、これまでレールから大きく外れることなんてなかったし、不安に思ったりもたぶんしたし。

うん。当時のことを思い出すと、「ああ、不安定だったんだな」と思うよ。まさに「絶望の時代」だったのかもしれない。上司のことも好きになれなくて、その上結構仕事も大変で。

 

JRの某駅があるんですけど、そこの周りをずっと歩いていました。会社に行かないで5時間、6時間、と過ごす。別に家にいても良いのだけど、なんかそれだと落ち着かなかった。

家じゃなくて、家以外のところ、誰も私を知らないところに隠れていたかったんですよね。笑

うん。で、でもね?

まあ、私は生きているわけですよ。それだけじゃないよ。借金が数千万円、数億できちゃったり、父親は突然死したり。Baddayのオンパレード。笑

でも、生きている。私みたいに生きている人だけじゃないけどさ、仮にみんなが生きたとしたらそれはすごいことであってですね、その後、他の人の人生にも大きな影響を与えるようなことでして……。

うん。絶望をみんなが乗り越えられるわけじゃない。途中で死んでしまう人もいる。けど、もしも生きることができれば、それは大きな価値になるんじゃないのかな?なんて私は思ったりする。

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痛みを知っている人の方が優しくなれる

 

別にね、「苦労するべきだ」なんて言わないよ。できれば苦労なんてしない方が良い。でも、絶望するくらい、死にたくなるくらい大変な時期があると不思議と人間って優しくなれるものなんですよ。

朝昼晩、普通にご飯を食べることもできなかった私の大学生時代。月の生活費は5000円でした。ペットボトルなんて買わないし、遊びもしない。

そんな私は、「お腹がめっちゃくちゃ空いている人の気持ち」がわかるわけですよ。同じように、じゃあ鬱病になったことがある人は鬱病の人の気持ちがわかるだろうし、その人にかけるべき言葉がわかる。

 

足を失ってしまった人は、足を失ってしまった人たちの絶望がわかる。「君、個人ので出来事」として捉えると、事故で足を失くしてしまったり、私みたいに大きな借金をしたり、父親が死んだり、ってのは絶望に等しい。

 

けど、その分、痛みがわかっているから、自分以外の人に優しくすることができるような気がする。本当にお腹がすいた時、本当にお金がない時、やっぱり私はつらかった。

でも、その分、本当にお金がない人の気持ちもわかるし、その時にかけて欲しい言葉もわかったりする。

金銭的な援助ができるわけじゃないよ。それは違うけどさ。うん。

結局、その人の痛みって同じような経験をしたことがある人にしかわからないのですよ。想像することはできても、経験したわけじゃないから。

絶望して、死んでしまう。みんながそうなってしまって、誰も生き残らなくなってしまったらさ、同じような経験をして生きている人がいなくなって困るじゃないですか。

だからね、自分以外の人のためにも、生きて欲しいな、と私は思うよ。私も生きていて良かったし。

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ああ、生きていてよかったなあ

 

たまにね、本当にたまにだけど、このブログを読んで、「生きようと思いました」とか「心の支えになっています」みたいなコメントをしてくれる人がいる。

そういうコメントを見るとさ、どこの誰かはわからないけど、「生きていてよかったな」と思うよ。

 

お父さんが死んじゃった」と携帯電話に母から連絡があったあの日。私は家に帰るのが怖くて仕方なかった。

今までで1番重たくて、冷たくて、悲しい扉でした。「お母さんはどんな顔をしているのだろうか」と考えるだけで悲しくなった。寂しくなった。怖くなった。

あんなことがあった日から、私の人生は変わってしまった。「こうやって死んでいくんだろうな」と思いながら生きてきた。でも、それから7年くらいが経過した。

 

で、今はこうやって生きている。あの頃は考えられなかったくらい食べ物が美味しい。友達と会うのが楽しい。生きているのが楽しい。

そして、今こうやってブログを書いて経験をお話しすることができるのがありがたい。

あの頃は何も考えられなかった。世界はずっと紫色のフィルターを通した悲しくて冷たい世界でしかないと思っていた。生きる意味とか、希望とか、そんなものも馬鹿らしく思えた。

 

普通に贅沢な暮らしができて、普通に家族がいて、普通に笑っている人を羨ましいと思った。

でも、その時の絶望があるから、私はきっと優しくすることができるのだと思う。あの時、心も身体もすごく痛かったから、誰かに優しくなれるのだと思う。

世界は……悲しいだけ、虚しいだけに見えてしまうかもしれない。けど!

意外とそうでもないよ。この記事を見た人は全員生きてよね?全員どんな形でも良いから生きろよな。

いつか誰かの役に立つからさ。

ではでは、まりもでした—✈︎

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まりも
まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。