男らしくないよなあ、と自分でも思う。でもさ、やっぱり人間として生きているからさ、悲しいことは思い出しちゃうものだよね。
最近ね、私は飯田橋周辺を歩いていることが多くなった。あそこらへんは学生時代にちょっと遊び場になっていたところでもある。
だから、なんか大人になってからも歩きたくなるんですよね。私の父親はね、冬に死んだわけではない。でも、なぜだか冬の季節になると色々な思い出がこみ上げてきて、ふいに悲しくなったりする。
ああ、もういないんだな。そう思ったりすることがある。今日も飯田橋の川沿いを歩きながら「そうかあ、もうこの景色のどこにも父親はいないんだな」と思ったり。

そんな夜もね、やっぱりあるよ。
時間が癒してくれると言うけれど
時間が癒してくれる。そう言うよね。そりゃもちろんそうです。私だって、父親が突然死した直後のような悲しみは持っていない。
誰だってそうだと思うけど、人間だから忘れてしまうものなんですよね。消えてしまった、死んでしまった相手がどれだけ大切な人であろうと、やっぱり忘れてしまうものです。
声だったり、温度だったり、笑顔だったり。忘れてしまう自分を責めてしまうような、そんなこともやっぱりあるよ。みんなはどうですかね。
みんなにとっての大切な人は今でもちゃんとそばにいますか。
時間が癒してくれるとは言うし、それはわかる。けど、心の中に残るものはある。
私が大学に通っていた当時、大学の教授に「父親が死んで借金返済が大変だから、あんたの授業なんてお気楽なものは受けていられない」みたいなことを言ったことがある。
今思うと、なんてひどいことを言ったのだろうか?と思う。でも、教授はね「実は私も数年前に父親が亡くなりました。もう死んでしまってから数年は経過しているのにいまだに思い出してしまいます。」と言いました。
なんて素敵な人だろうか。うん。そこからはね、なんかこう……見守るような見守らないような感じで、励まされたような気がする。私は忙しくてゼミをやめてしまったのだけど、
卒業後のゼミの集まりに行ったら花までくれてw
なんか良い先生でしたよね。うん。でもね、やっぱり消えないものってはあるわけですよ。もういないんだ、と思う瞬間ってのはやっぱり人間だからあるんですよね。
冬に死んだわけでもないのに、寂しい時期、冷たい時期になると出てきてしまうのかな、なんて思う。それは私の精神状況にもよるのかもしれないけどね。
時間の経過と共に傷は癒えていく。それはその通りです。安心して欲しい。大切な人を失った人も、1年、2年とだんだんと楽にはなるよ。
けどさ、それでもやっぱり消えない「何か」はあるのよね。これはきっと経験した人にしかわからないことだと思う。
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優しさってずるいよなあ
誰かの優しさってずるいよな、と思う。私の場合は父親の優しさってずるいよ、と思う。みんなさ、人の悪意に対して「嫌だな」と思うことがあるじゃんか。
でもさ、そういう悪意っていつかは消えちゃうものなんだよね。だって、嫌いなだけなんだもん。私のことを嫌いな人がいたところで、何の問題もない。
そんな人がいたところで、「きもちわりぃ!」と言われたところで、友達と話していたら忘れちゃうもん。サマーランドで楽しく過ごしていたら忘れちゃう。
仕事をしていたら忘れちゃう。でも、誰かの優しさってのはね、いつでも思い出しちゃうから、ある意味ちょっとした悪意よりも悪質なんだよなあ。
誰も優しくしてくれない世界なんて寂しいけどさ、もしもそんな世界があったら、どれだけ心が楽になるのかな?なんて思ったりもした。だって、私は相手を恨むだけで良いんだもん。
相手のことを「死ねば良いのに」と思うだけで良いんだもん。でも、優しさってずっと残っているわけですよ。
もう何年も経過する。もうすぐ7年とか8年とか経過したことになるよ。けど、それでもやっぱり優しさとかって忘れられないんですよね。
私が風邪を引いた時に、車を飛ばして深夜の薬局まで薬を買いに行ってくれたりとか、深夜まで私に勉強を教えてくれたりとかね。父親はね、東大A判定だったらしいので超勉強できるんですよね、私と違って。笑
ああ、ずるいなあ、と思うわけです。もういないんだな、と思っちゃうじゃんか。
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みんなそうやって生きている
みんなね、私だけじゃなくて、この世界で生きている全ての人が自分の感情と何とか折り合いをつけて生きているのだと思う。
「なんでこんなに面倒なんだ、人ってのは……」と自分に言いながら、それでも生きている。それが人間なんですよね。
そう思ったらさ、何だかちょっと頑張って生きてみたいな、と思いませんかね。もういないんだな、とやっぱり私は思っちゃう。
全部気温のせいにして、天気のせいにして、「なんだ冬だからか」なんて言っちゃいたいけど、どうやらそうでもないらしい。
こんなことをブログで言うなんて何だか気恥ずかしい。だって、友達だってこのブログを読んでいるわけであってだね。笑
でも、ほら、「この人も私と同じ境遇なんだ」と思ってもらえたら、読んでくれた人の心が少しだけ楽になるでしょう?そしたら、私がこのブログをやっている意味もあるのかな?と思ったのよ。
誰も言わないでしょ?自分の感情をこうやって出すこともしないし、自分の境遇を語る人だって実はあまりいない。
けど、誰も語らなかったら、「これは自分だけなのか」なんて思っちゃう。だからね、こうやって毎日ブログを更新し続けています。
大きなブログになる必要はない。誰か1人でもこのブログを読んで、「ああ、生きてみよっかな」と思ってくれたら私はそれで良いです。
ではでは、まだまだ寒いけど気をつけてね?まりもでした。
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