人生に悩む君へ

君も僕も大した人間じゃないってば。笑

ろくでなし。

この言葉、なんか好きなんですよ。わかる人いませんかね。ろくでなしって言葉すごく好きなんです。すごいダメな感じがしませんか。

私にちょうど合っているような感じがして好きなんですよね。うんうん。みんなはさ、自分のことをきっとろくでなしだと思っていないと思う。

ちゃんとした人間だと思っているはずです。普通に生きていけて、普通に結婚ができて、普通に仕事ができて、友達がたくさんいて当然だと思っている。

そんな普通の人間だと思っている。

でもさー、

本当は大した人間でもないんじゃねえの?と。そう思うわけですよ。生まれてきてからこの方、ずっと私も、そんでもってどこかの誰か、君もさ、大した人間として生きたことなんてないのよ。

私たちってそんな崇高な人間でしたっけ。

 

生きていると大きくなっていくのが私たちだったりする

 

小学生の時なんてさ、めちゃくちゃみんな馬鹿だったじゃないですか。私なんて、男友達と一緒になって女子トイレの前で押し合いして怒られたり。

そうだなあ。マジでろくなことはしていないと思うのよ。忘れ物がひどすぎて、出席簿で殴ってきた田口先生。笑

あ、田口先生のことを悪く言わないでね?めちゃくちゃ愛の鞭だったからさ。ちょっと不器用なだけですから。笑

うん。まあね、私たちなんてそもそも小学生くらいを振り返ると、公園で遊んで、ジュースでも飲んでみて、喧嘩して、それくらいのことしかしていませんでしたよね。

よく、喧嘩してシャツを引っ張られて伸びちゃったりしたなあ。最悪だったなあ。笑

中学生くらいになっても、まだまだ変わらなくて、気持ちだけは大人になっているのだけど、それでもしょうもない人はたくさんいた。

地元なんてヤンキーばっかだったから、ヤンキーの彼女を馬鹿にして集団で暴行されたこともあったっけ。笑

リンチにあいました。地元はいまだに怖いです。襲わないで……。

まあ、本当にさ、大人になってからはそんなこともないけど、やっぱりしょうもない存在なんですよ、私たちなんて。

でも、大人になってくるとなぜだかみんなが真面目になってきて、「俺はこんな仕事をやっていて」みたいな真面目な話ばかりをするようになる。

 

ええええ?君、そんな真面目じゃなかったじゃんんん!てか、今も女遊びめちゃくちゃしているし、何その真面目顔!嘘つきやんんん!」と思ったりもする。どうですか。みんなの周りもだいたいそういう人ばかりじゃないですか?笑

 

大人になってくると、ろくでなしって少なくなってくるんですよ。表面的にはね。生きていくうちにできることも増えてきて、自信もついてきて、大人になっていく。

自分が守られる側から守る側になってきて、責任感なんて持っちゃって。笑

でもさ、そんなものいらないないですか?と。いや、本当はそれ、本来の自分じゃないじゃん、とも思ったりする。

 

悪い意味じゃないよ?悪い意味じゃなくてさ、君も私も、どこかの誰かもきっと、きっと大した人間じゃないのよ。

でも、なんかどこかでおかしくなってしまったのか、プライドが高くなってきて、何にも挑戦していない、何も面白いことをしない人間になっていく。

そんな気がするのよね。本当は大した人間じゃないのにさ。

関連記事:大人の世界で戦わない君が世界を変える。

 

私たちがどう生きても、別にそれはプラスであってだね

 

私たちがどう生きたところで、社会には関係ないわけですよ。いや、もう国家の存続を揺るがすようなことをするなら別ですよ。

でも、君が無職になってテキトーに親の金で遊んでいようが、独身で風俗通いをしていようが、それは世間には全く関係のないことだと思う。笑

 

私の周りだけじゃなくてさ、結構、プライドだけが高くなってしまっている人は多いんじゃないかな?と思う。

ちゃんと働いていなければいけない。ちゃんと家事をしなければいけない。ちゃんと子育てをしなければいけない。うーん。まあそりゃそうかもしれんよ。

けど、そんな人間なんて大した人間じゃなくて、全てを完璧にこなせるくらいの強さなんて持っていないし、頑張ってもつらくなってしまう。

 

だからね、もっと楽に生きたら良いんじゃないかな?と思う。私たちがどう生きたところで、世間には関係がない。私がどう生きたところで、もうその時点でさ、きっと社会にとってはプラスなわけですよ。

道端で転がっていようが、結局は生きている限り食べなければいけないでしょう?生きているということは食べているということ。

それはつまり「消費」をするということなんですよ。だからね、人間って生きている時点、その時点でも誰かのためになっているわけですw

 

極端な話じゃないよ。1週間に1度しか吉野家の牛丼を食べられないという人だって、1週間に1度は数百円の消費をしていて、社会の役に立っている。

激安のうどんを買ったとしても、社会に役に立っている。誰かにもらったとしても、誰かは購入しているわけですから、良いわけですよ。

 

まあ世間的には「ろくでなし」と言われるでしょうね。でもさ、君も僕もそもそもは大した人間じゃない。普通のというか……。

何も持っていない「THE 人間」なわけです。そう考えるとさ、もっと好きに生きちゃっても良いんじゃないの?とすら私は思うのです。

関連記事:生きているだけで最高じゃん。

 

大した人間じゃないから、好きに生きれば良い

 

君も僕もきっと大した人間じゃないよ。まあ、君は私よりもちゃんとしている可能性はあるけれど。笑

まあ、私はテキトーな人間だと思う。サラリーマンとして働くことができないし、好きなこと以外には何の熱意もわかない。そういう意味ではまあ難しい人間です。

人間失格。ええ。太宰治にでも相談しようかしらね。笑

うん。でもさ、私が道端で寝ていて、すごく貧乏になろうが、それは別に世の中にとっては関係のないことであって、そもそも私は「こんなはずじゃなかった」と言えるほどの人間ではなくて。笑

 

だからね、そういう気持ちで何か新しいこと、挑戦したいことに飛び込んでみて欲しいな、と。

子供の頃はさ、「俺〜!ぜってぇサッカー選手になっからぁ!」と言っていた人が、大学生くらいになると、「製紙業界って結構ホワイトらしいし、福利厚生も充実しているらしいよ」みたいなことを言い始める。

はいいいい!?君、そんな人じゃなかったでしょおおお」と。笑

 

まあそれは仕方ない。でもね、そうやって、だんだんと自分の地位を自分で上げていくわけですよ。「俺は素晴らしい人間だ!」とか「私は港区に住むべき女!」という感じに思い始める。

でもさ、そうやって自分の地位を自分で高めてしまうから、そう自認してしまっているからこそ、何をするにも「恐怖」が出てきてしまうんじゃないかな、と思う。

人間、失うことには恐怖を抱くものです。「ここまで上がってきたのに」とか「大学を卒業したのに」とか「新卒で良い会社入ったのに」とかね。

 

けど、そんなことどうでも良いよ。関係ないよ。君も僕もきっと大した人間じゃなくて、そこらへんに普通の人なんですよ。でもね、だからこそ普通じゃないことに挑戦してみても良いんじゃないの?というね。

そういうことです。

もっと好きなことをすれば良いんよ。失うものなんて本当は何もないのだから。失っちゃう、と怖くなっているのは自分だけだよ、きっと。

関連記事:闘争心がなかったら、私はあの夜死んでいた

ABOUT ME
まりも
まりも
まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。