人生に悩む君へ

裸力って生きる上で大事なことだと思うんだ。

みなさん、裸力という言葉を聞いたことがありますか?これね、たしかブロガーのはあちゅうさんが書いていた言葉なんですけど、

まあ要するに自分の思っていることをそのまま話したり、自分の隠したいことも隠さずに曝け出す力という意味だと思うんですね。

言ってみれば、何かこの言葉、ダサイじゃないですか。なんか無駄に下ネタ臭もして、飲み会とかで「裸力?脱ごうか?ぐへへ〜」みたいな人が現れそうで怖い。笑

 

でも、実は大事なことだと思うんですよね。ブログでずっと発信し続けてきた私だからこそ思う「裸力」の大切さについて書いていこうと思う。

 

裸になることができないから傷つくよ

 

まあ普通には傷つくよ。私だって全然無敵の人じゃない。笑

でも、前よりは裸力がついて傷つかなくなったような気がする。私はきっと私についてよく理解していると思うし、私を割とそのまま開示していると思うんですよね。

別にポジティブなわけでもないし、強いわけでもないし、悲しくならないわけでもない。顔だってちょっと可愛いところはあるけれど、でも別に格好良いわけでもない。笑

まあそれくらいで理解しているんですよ。

だからね、別に割と何を言われても、「ああ、そうだよね」という感じがする。でも、多くの人はもっと自分を高いところに置いているような気がするんですよ。

 

自分は人よりも優れていると思うけど、隠したいものはたくさんあってそれがばれたら怖い」なんて思っていたりするのが多くの人だと思う。

でもさそれだと傷ついちゃうし、生きていて疲れちゃうと思うのですよ。

裸になることができれば、下手に傷つくことだってなくなる。「まあそうだよね?それくらいの人間だよね?」というチューニングが本来の自分と乖離していなければ、そこまで生きるのが大変になることはない。

 

私は善人ではまったくなくて、むしろ悪人のようなところもあって、いじめられたし、いじめてもきたし、人を騙したり、騙された。でも、そこがね、私は本来の自分と乖離していない。

はいはい、知ってます」という感じだからこそ、そこまで傷つかないんじゃないかな、と思うのよね。

つまりまあ、裸力というのは自分を理解して、それを開示することなのかもしれないよね。

自分を根本から理解して、チューニングを合わせる。こういう人間だよね、と理解する。その上で自分という人間を真っ直ぐ誰かに伝えてみる。

そうすればね、別にそこまで傷つくことはないのですよ。生きている限り、嫌な人に出会ってしまったりとか、心ない言葉を投げかけられることはある。

でも、それでも気持ち良く、快適に生きていかなきゃいけないじゃないですか?

だからこそね、裸力が大事なのよ。

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自分が見せることで相手も心を開いてくれるという好循環

 

結局さ、自分が何の心も開かないのに、相手にだけ開かせるってのは無理な話なんですよ。

俺は開かないけど、安心してくれ!君は開いて良いよ!」と言われて、あなたは心を開いてくれるのだろうか。

そんなことはないよね。絶対に開かないと思うのよ。だからね、人生においてもやっぱりまずは自分が裸になることが大事なような気がしています。

それは、自分の出自を話したりとか、自分の過去の嫌なことを話すとかじゃなくても良いのよ。今、自分がどんな感情を抱えていて、正直に言えばどう思っているのか?ということを相手に伝えるだけでも良い。

それだけで全然相手の対応も変わってくると思うのよね。

 

上辺(うわべ)だけで生きていくのも良いけれど、やっぱり疲れませんか。どうせなら、全てを見せられる相手と深く付き合っていった方が幸福度が高いと思う。

だからね、やっぱりもっともっと自分自身を開示していって方が良い。それで離れていく相手なら元々相性の悪い相手だったということです。

 

そういう人と付き合っていくのも疲れるし、意味がない。だから、別に気にしなくて良いのですよ。

裸力をもって相手と接すれば、自然と相手との関係性も良くなるのです。だいたいさ、「俺って良い人なんだよ〜」と嘘をついたところでバレるじゃないですか。笑

付き合いが長くなればなるほど、そういう表の嘘くさい部分ってのは剥がれてきてしまう。

私だって同じです。根っからの善人ではないから、私が「私は善の心しかない清いまりもです」なんて言ったって、どこかで嘘がバレるでしょう?笑

だったら、最初から開示してしまって、相手にも心を開いてもらった方が良いのよね。

関連記事:相手を信じられないってことは相手からも信じてもらえないってことなんだぜ。

 

どうせ生きている間しか評価されないんだ

 

どうせね、どうせですよ?生きている間のことなんですよ。死んでしまったら、いくら良い人として生きたとしても、いくら格好良い人間として生きたとしても、忘れられてしまう。

生み出したものは残るかもしれないけど、その人の評価なんてものは後の世の人がごちゃごちゃ言うだけであって、まあ99%の人類は無名のままこの世を去るわけだから、裸になったところで何の危険性もないわけであって……。

まあちょっと話はごちゃつきましたが、どれだけ自分の悪いところや変なところを見せたとしても、それが評価されるのはあなたの心臓が「どくんどくん」と脈を打っている時限定になります。

はい、残念なお知らせですよね。でも、これは悪いことじゃないのよ。死ぬまでの間しか評価されないのだから、その間、どれだけ恥をかこうが馬鹿にされようが別にそれで良いわけです。

 

私だって、どれだけ言われようが、馬鹿にされようが、死んだらそこで終わりです。例えば、こんなに小さいチャンネルでも批判的な意見とかは来ますからね。笑

 

生きている間しか批判されないし、別に残ることもないというか。評価もされない。だったら、最初から裸になってしまって、それで嫌われるなら仕方がないし、好かれるなら嬉しいし。それで良いと思うんですよね。

ずっと何かを隠し続けている方がよっぽど疲れるような気がするよ。

 

裸力ってやっぱり大事だなあ。年を重ねる毎に裸力の大切さを学ばされます。みんなはどうだろう?

精神的に裸になれています?

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まりも
まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。