起業と経営

最低限の生活ができれば良いよね?はお金持ちになってから言うことであって。

最近、私の世代、まあそれはつまりアラサーの層に「最低限の生活さえできれば良いよね」みたいな考え方を持った人が増えてきているような気がするんですよね。

いや、概ねこの考え方は良いと思うんです。富には終わりはないし、お金だけでは幸せになれない。だからね、良いと思うんです。

 

ただ、それはお金持ちになってから言うことであって、今お金を持っていない人が言うことではないよね、と思うのです。

違う?何かさ、それは、違うと思うのよ。

 

最低限の生活ができれば良いという人にないもの

稼ぐ力

この手の人にないものって実は「稼ぐ力」だと思うんですよ。頑張れば頑張るほどお金を稼ぐことができる人が「最低限の生活ができれば良いや」と言っている人を私は見ない。

 

それこそ、もう余生に入っていて、何億円も持っている人なら別だけどね。「最低限の生活ができれば良いや」と言っている人に限って、お金を持っていないし、稼ぐ力もないのですよ。

最低限の生活でも良いのかもしれないけどさ、それはお金持ちになってからでも良いじゃないですか。

日本人は「欲望」を否定する。悪いものだとする。でも、金銭欲、名誉欲、性欲、こういったものがない人にはお金を稼ぐ力もないのですよ。

 

考える力

 

お金を稼ぐためにはきちんと稼ぐ必要があります。で、稼ぐためには考える力が必要なんですよ。YouTubeでも、ブログでも、他の仕事でも考えなければお金を稼ぐことができません。

俺は最低限の生活で良いわ」と80歳のおじいちゃんが言っているなら良い。でも、もしもそれを10代とか20代の若い人が言っているのであれば、それはちょっと違うな、と思うんですよね。

それはさ、「俺って何も考えたくないんです。何も考える力がないんです」と言っているのと同じだと思うんですよね……。

 

考える力がないと、生きていけないし、この先の時代で残っていくことができません。それってさ、人としてどうなの?と思ってしまうよね。

欲深い人が良いわけじゃないけど、性欲はないし出世欲はないし、みたいな人はね、ちょっと私は信用できないし、一緒に仕事をしていても面白くないな、と思ってしまうんですよね。笑

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最低限の生活ができれば良いよね?なんて若い時から言っていたら終わりだぞ

 

最低限の生活とか、ミニマリストとかさ、そういうなんか社会主義的な風潮がさ、強まってきていると思うんですよ。

これだけで我慢しよう!欲はありません」みたいなね。でも、それは物凄く低いところで妥協しているだけであって、そこには何の煌びやかさも華やかさもないような気がするのです。

 

最低限の生活ができれば良い、という考え方自体はわかりますよ。私なんて、実際には高い車なんていらないし、自宅だって別に港区に住まなくても良い。笑

港区男子にならなくても良い。

でもさ、だからと言って、「お金を稼ぐぞ」という気持ちは捨てたくないような気がする。そういう欲望が全てなくなってしまったら、何だかこう人として終わっていくような気がするから。

 

まあこれね、要するにテストステロンだと思うんですよ。「頑張ろう」という気持ちのホルモンがどれだけあるのか?ということだと思う。

 

太っていたりすると、このテストステロンが落ちていくわけです。だから、以前の私はすごくこう、「まあこれくらいで良いか」という人間になっていたような気がします。

でも、今は違う。今はね、できるところまで頑張りたいな、と思っています。

頑張ることだって楽しいし、面白いし、生きている感じがするし最高ですよ。何かね、何でもかんでも低いところで我慢したり、そこで満足する生活が正しいとは思わないのですよ。

 

逆にそれがカッコイイ」みたいな哲学もわからないわけではないのだけど、何かそれだけでは空いような気もするよ。

結局さ、例えばブロガーなんかが「俺は最低限の生活ができれば良いんだ」と何度言ったとしても、それは広告主が必死になって経済活動をしているからであって、

間接的にはその人たちが働いているわけですよ。だからね、「あんまり稼がなくても良い」という論理はね、結局誰にとっても通用しないような気がしてしまう。

それが言えるのは、むしろ自給自足で生きている人だけじゃないか?という。笑

それかお金を腐るほど持っているかだね。

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最高の生活もできる人があえて普通の暮らしをすることに意味がある

 

最高の生活もできる人があえて普通の暮らしをすることに意味があるような気がするんですよね。

最高の生活ができるだけの力があって、お金もある。でも、それでもあえてこう「オマハの賢人バフェット」のように質素に生きるのは良いと思う。

 

最初から「お金なんていらない!何も求めてない!何も欲しくない!」なんて言っていたら、何かそれはそれで虚しい気がして。

人間って、そういう欲望が何もなかったら、頑張れないような気がするんですよ。頑張りたくない人はね、もちろんのんびりしていれば良いと思うよ。

 

でも、本当は「何かに没頭したい!」とか「頑張っている人がカッコイイ!!」とかって思ったりするわけじゃないですか。

 

だったらね、もっとその人たちみたいになれるように、必死になって何かを追求してみるのも悪いことではないのではないか?と私は思います。

こんな景気の良くない時代だからこそ、馬鹿みたいにこの世界を楽しんで馬鹿みたいに苦しんで、「ああ、失敗しちまった」と苦笑いできる人間でありたいな、と思うよ。

 

1度だけ生まれて、1度だけ死んでいく。そんな人生だから、命だから、せめて生きている時くらい馬鹿な生き方をしようよ。

 

堅実なこと、質素なことが全てじゃないよ。馬鹿な夜を1つ、2つと経験するのもまた人生じゃないかしら?

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水瀬まりも
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