人生に悩む君へ

「追い詰められているなあ」と感じるとちょっと嬉しくなるんよ。

人間って追い詰められている状態がキツいって言うじゃないですか。何でもそうですよね。借金があって返済に追われていたら、それだけで追い詰められている感じがする。

そんな時もあるよね。で、みんなが苦しむわけですよ。私ももちろん苦しむ。

うわ、もう嫌だな〜」となったりもする。ただ、だからといってそれが嫌なわけでもないんですよね。

追い詰められれば、追い詰められるほど何かこう燃えてくるものがあったりもするわけですよ。これは私のドM気質が影響しているのかもしれないのだけどね。笑

 

ちょっとね、そういう私のM論を書いていこうと思うよ。

 

追い詰められているということは一生懸命になっているということ

 

これはね、何かこうそこらへんにいる安いブラック企業みたいな感じの匂いがプンプンしてくるっちゃしてくるんですよね。

安いベンチャー企業みたいな感じがして、自分で見出しをつけていても、吐き気がしています。笑

でも、あえて言いたいのだけど、「追い詰められている」ということは、一生懸命になっているということでもあるということなんよね。

 

追い詰められることって実は難しくてね、暇な人とか、何も頑張るものがない人は追い詰められることができないわけですよ。

ポジティブに考えてしまうと、「追い詰められる」というその状況そのものが「特権的な体験」だったりもする。

例えば、年金暮らしになってから、「あ〜、俺追い詰められてんな〜」と思うことって少ないと思うのよ。だって、それは追い詰められるようなことが起こらないから。

 

よく、おじいちゃん世代と話していると、「何でも良いから刺激が欲しい!仕事がしたい!」という話になるわけですね。はい。おじいちゃんたちだってね、意外と何かに没頭したかったりするものなんですよ。

つまりね、若い時には「追い詰められない生活が良いな〜」なんて思ったりもする。何なら「田舎に行って農業で生活できたら幸せだな〜」みたいなことを考え始めて、

 

田舎LIFE」みたいなブログを読み始めるのよ。笑

でもね、年齢を重ねて、年金暮らしになったりすると、むしろ刺激がなくなってしまって、「ああ、あの頃は楽しかったな……!大変だったけど楽しかった」となるのです。

一生懸命になっているからこそ、追い詰められるのであって、一生懸命になっているからこそ面白い。だからね、私は追い詰められているなあ、と思う状態が好きなんですね。笑

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少しだけ追い詰められることに挑戦する楽しさってあるよ

 

人間ね、大きな負担は嫌いだと思うのよ。もう心が壊れてしまうくらいの恐怖感みたいなものは欲していない。

親がまた死んじゃうのも嫌だし、振られたりするのも嫌いです。

でもね、「少しの刺激は欲しい」とは思っていたりもする。何だろうね。誤解を恐れずに言えば、ちょっとした不倫をしてみたいという人が世間的に多いのはこの気持ちが原因じゃないかね。

何らかの刺激が欲しいというか。ただ、挑戦するものと言っても何もない。だから、身近なところで「不倫」みたいな刺激を選択してしまうのではないだろうか……。暴論ですかね。

 

まあね、だからみんな「ちょっとの負担感」みたいなものは好きなんですよ。私みたいな人間は自営業ですから、そういうものを恋愛ではなく「仕事」に求めます。

 

ちょっと追い詰められるような仕事の仕方があっているんですよね。少しだけ追い詰められるようなことをやっていると、ちょっと自分の心の中にざわつくものが出てくるわけですよ。

うわ、何か心がザワザワするな」と思うわけです。その感覚がたまらないというかね、何かワクワクしてしまうというか。

生きているな、という感じがする。頑張っていない時ってさ、精神的にも身体的にも楽なんですよ。でも、それが逆に精神的にはキツかったりしませんか?

 

俺はどうすれば良いんですか〜?」という感じになる。ちょっと追い詰めらているくらいの時はね、「今はこれがつらいけど、頑張ろう」という明確な「何か」がある。

それが身体に心地良いというか、身体に軽めのムチを打ってくれて好きなんですよね。

ちょっとMなんですよ、たぶん。笑

でも、人類はね、総じてたぶんMだと思うから、追い詰められているなあ、という感覚が意外と好きだったりもするんですよね。どうですか?違いますかね。

軽めのムチをいつも何発か入れておいてもらうと、すごい心地良いのですよ……。あれ、何か変なこと言っているかな……。

朝からごめんなさい。笑

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終わりは絶対にあるから、その時まで追い詰められていたい

 

終わりは絶対にあるんですよ。良い意味よ?良い意味でね、私たちなんていつかは死んでしまうじゃないですか。いくら身体を大事にしていても、死なない人間なんていない。

そこらへんを飛んでいるカラスだって、新垣結衣さんだって、安倍首相みたいなどこかの首相だって、いつかは死んでしまう。だって、生物なのだから。

 

だからね、終わりは絶対にあるんです。終わりがあるところまでしか苦しみは続かないし、追い詰められている感覚も味わえない。

 

そう思ったら、何だか苦しみとか息苦しさとか、そういう全てのものが愛おしく思えてくる。私はね、よく海外旅行に行く時、トラブルに遭遇するわけですよ。ベルギーにはルパンという名のスリがいた。とか懐かしいねw

 

まあスリにあったりとか、色々面倒な目にあったこともあるんですね。YouTubeを始める前から私は旅をしていましたから、はい。笑

でもね、そういう時に思うのよ。「ああ、生きているんだな」と。追い詰められている時って、一生懸命生きて、この地球で必死になって生きている時だと思う。苦しいのも悲しいのも、つらいのも、全ては生きているからなんですよ。

そう思ったらね、それら全てがエンターテイメントに思えてくる。それら全てが愛おしいものに思えてくるわけです。

 

だからね、追い詰められているなあ、と思えることをこれからもやっていこうと思うよ。しんどいことは嬉しいことです。つらいことは面白い。

楽だな、楽しいな、と思えることだけに喜びがあるわけじゃないからさ。みんなもさ、「嫌だな〜」と思った後に凄く楽しくなる時があるでしょう?

そういうつらいことの中に「キラキラしたもの」が隠れていることもあるんですよ。ああ、私はまだまだこの世界で生きていたいなあ。この世界が好きで好きで仕方がないよ。

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まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。