人生に悩む君へ

悲しい歌が君の頭からいつか離れるように。

悲しい歌が流れていることがある。誰かと会った帰り道とか、1人で通っていた大学までの道のりとか。

なぜだかわからないのだけど、悲しい歌が流れることがね、あるわけですよ。でも、私だけじゃなくて、きっとみんなも同じだと思う。

他人には見えないというか、他人にはわからない自分の内面ってあるじゃないですか。

楽しそうにしていても、笑っていても、人の内面なんてものはわからない。悲しい歌が頭の中を流れている時だってきっとあるはず。

 

でも、そんな人もね、いつかそんな日々を忘れられるようになるよ、と。そう思うわけです。

 

悲しい歌が支配する日常では何もかもがブルー

 

悲しい歌が頭の中で鳴り響いている時、私たちはそれを振り解こうと思っても、振り解くことができない。

非常に厄介なものです。「ああもう!めんどうくさい!」と思うのに、なぜか頭から離れない。そんなこともあるのよね。

 

頭の中に寄生虫がいるみたいに、悲しい歌が流れる。どんなことをしていても、どこかにいても、誰と会っていようとも。

まあ、人生で1度くらいはそういうドン底の時期みたいなものがあるんじゃないかな、と思っています。

悲しい歌が流れている時って本当に何もかもが嫌なんですよ……。もうご飯を食べていても、友達と会っていても、面倒で仕方がないのですよ。

私もずっとキラキラしているわけじゃないし、普通につらい時だってあるし、何なら色々あった時は本当に毎日が「I had badday~!」というはい、ちょっとこの曲古いですかね。笑

そういう感じだったのでね笑

悲しい歌に支配されると、何もできなくなってしまうというか、何もかもが嫌になってしまう。だからね、そんな悲しい状態が消えていけば良いな、と思ってこうやって記事を書き始めたわけです。

関連記事:笑っているから楽しいわけではないし、泣いているから悲しいわけでもない。そんな違いをわかってあげられたらな。

 

楽しい歌が流れている時、人はどんな状況でも生きていける

 

例えば、このブログが誰かにとっての「楽しい歌」のような存在になれたらどんなに嬉しいだろうか?と思ったのよね。

どこの誰が読んでいるのか、なんてことは私にはわからない。でも、誰にとって、「あの人のブログを見れば何か元気が出るんだよね」という存在だったら良いな、と思う。

 

楽しい歌が流れている時、人間ってのは環境がどんなにつらくても意外と生きていけるものなんですよ。

例えばさ、上司が悪い人だったとして、「あの人が悪いから私はつらいんだ」と感じる。仕事でミスをしてしまった時には、「ミスをしたからつらい」と思い込む。

 

でも、本当にそうなのかな?と私は思う。頭の中で楽しい音楽が流れている時にはね、別に何とも思わないわけですよ。

まあ色々あるけど、頑張るしかないっしょ」くらいに思える。私だって、例えば頭の中で「UverWorld」の曲が流れてくる時なんかは、「まあ何でも生きていけるっしょ」と思う。

 

その一方で、悲しい歌が流れている時、私は全てのものがマイナスに見えてしまうのよね。だからね、楽しい歌を作りたいな、と思ったのよ。

それは実際に音楽ではなく、私の場合は「ブログ記事」とか「動画」になるのだけど、そういうものを通じて、「ああ、何か生きていけそうだな」と思える頭の中の「何か」になれれば良いな、と思うのね。

関連記事:悲しいことは突然起こる。そんな時に「それでも生きよう」と思える自分でいられたら良いね。

 

この街で生きて、この世界で笑えるように

 

古びた2階建のお屋敷みたいな風景が浮かぶ時がある。外は真っ暗で雨が降っている。ザーザーと降っている。

家の中には自分だけで、他には誰もいない。自然の音はするのだけど、何か冷たい感じがする。頭の中では冬なのでしょうね。そんなね、よくわからない風景を見ることがある。

見るというか、単純に浮かんでくるだけですが。そんな時はね、何が起こっても、全てが悲しいことのように思えて来てしまうわけですよ。

 

誰か他人と一緒にいる時には何も感じない。ただ目の前の情景とか、目の前の仕事とか、そういうものに気を取られているだろうから、別に何とも思わないのかもしれない。

でも、1人になってみると、怖いくらい悲しくて、孤独で、冷たい世界を感じてしまったりする。

ただ、そんな私もね、今はこうやって生きていて、酸素を吸って、ご飯を食べて、何とか生きているわけですよ。だらしなくてももうアラサーになろうとするまでこの世界で生きようとしている。笑

だからね、みんなも同じように苦しむかもしれないけど、いつか悲しい歌が消える時が来るかもしれないよ、という。いや、何ならそういう見えない「何か」と付き合っていく必要はあるのかもしれないけれど、

それでも生きていけるよ、と私は言いたい。

関連記事:賢く生きるべきだよ!でも、バカになるべきなんだよ!

 

 

不安や悩みを解決するだけではきっと意味がない

 

きっとね、その時に感じている不安や悩みを解決するだけでは意味がないと思うんですよ。

その時に感じている悩みとかってね、例えば「え!そんな悩みがあったんだ!もっと話を聞かせて!うんうん……はいはい……じゃあこうすれば良いんじゃないかな?」とアドバイスをする。

 

すると、その時だけは「あ〜まりもさんに相談して良かった!もう大丈夫」となるわけですよ。でもね、同じようなつらさとか、苦しみが今後も起こるはずなんですよ。

上司が嫌な人でさ、友達に相談して解決したとしましょう。その時には「ああ、もう大丈夫だ!安心して働ける」と思うわけ。

 

でも、数年後にまた同じように嫌な上司と出会ってしまう可能性だってあるわけですよ。だからね、結局はその時だけ助けても意味がないわけです。

 

また同じように大変なことは起こってしまうものだと思いますから。

 

だからね、私はこのブログで「その時だけ救われる言葉」じゃなくて、「これからを生きていける言葉」を書いていきたいな、と思っています。

読んでくれている人は、高校生かもしれない。中学生かもしれない。大学生かも、社会人かもしれない。それはわからないのだけど、

私はね、これからも「ああ、生きていこう」と思える言葉をここに書いていくよ。「綺麗事じゃん」と馬鹿にされることもあるのだけど、

私はまた次馬鹿にされても、同じようにこのブログに記事を書いていく。うん。これからの時代はね、悲しい歌が流れやすい。

これからは大変な時代になるかもなあ。でもさ、そんな時もまあゆったり、まったり生きていこうぜ、と。笑

 

こんな人間もいますから。まりももね。笑

私みたいにだらしなくて、おっちょこちょいで、どうしようもない人間でもこうやって生きているからさ。

関連記事:辛いことを楽しむのもまた人生だと思うし、自分が主人公ならそれもまた最高のスパイスなんよ。

ABOUT ME
まりも
まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。