人生に悩む君へ

この世界は愛で溢れているだろう、という前提で。

この世界はさ、どんな世界だと思う?汚い世界だと思う?それとも冷たい世界だと思う?

私たちが住んでいる世界というものに普遍的な捉え方というものはないと思うんですよ。きっと、Aさんから見える世界と、Bさんから見える世界は微妙に、いや、大きく違っている。

 

緑色の世界に見えている人もいれば、金色に見えている人もいる。それがこの世界というものです。

でもね、できればさ、この世界は愛で溢れている、という前提で生きて欲しいな、と思うのよ。この世界には愛がたくさんあって、愛で溢れている。

 

そう思いながら生きた方が私たちは幸せだと思いません?そうよね?笑

 

愛がない世界だと錯覚してしまう世界だ

 

生きていると、「愛がない世界だなあ」と思ってしまうことがある。愛がない世界、なんて言葉を使うとどうも昭和臭いけど、うん、愛って昭和的なのかしら。

でも、本当にそう思う。生きていると、ひどい人たちがいて、悲しい事件が起こるじゃないですか。

この瞬間にも誰かが誰かを恨んで、誰かが誰かを傷つけて、殺したり、いじめたり、まあ色々しているわけですよ。

みんなにも冷たい人間に出会った経験の1つや2つはあると思う。私の場合はね、例えば不動産関係の会社さんで、そこの店長さんがこっちを騙そうとしてきたり。

まあ、本当に色々あるわけですよ。社員に悪口を言われたこともあったし、議員秘書みたいな人がすり寄ってきたこともあったな……。ああ、嫌いだ。笑

社会で生きていたり、学校で生きていたり。人によって状況は違うと思う。

けど、どこかのコミュニティの中で生きていれば、必ず「愛のない世界だ」と感じてしまう瞬間は存在すると思うのです。

 

社会の中で生きている限りは、どこかのタイミングで、どこかの嫌な奴に会ってしまう。だからね、仕方がないことなのですよ。

愛がない世界だなあ、なんてあなたや私が思ってしまうのは仕方がないことだったりもする。でも、何かそれって寂しいな、とも同時に思うのよね。

愛がない世界で当然だよね、と言われれば、「そうそう」となる。否定する理由なんてない。

 

自分のポエミーなフィルターを通さずに、淡々と世界を見下ろしてみたら、やっぱり愛のない世界であるように見えてしまう。

そんなん世界なわけですよ。でもさ、何か愛のない世界だよね、そうだよね、と絶望するというか、ドライな目線でいるのは何か違うよね、とも思うんですよね。

関連記事:愛のない世界で生きてしまった人にこそ伝えたいんだ。

この世界が紫に見えるのか、それとも虹色に見えるのか

 

きっとね、きっとだけど、「この世界はこの色だよね」という共通認識って存在しないと思うんですよ。

そんな共感覚はきっとない。笑

今、あなたが住んでいる世界は何色だろうか?あなたの目の前に広がる風景は何色に見えているのだろうか。

きっと中には紫色に見えている人もいると思うのよね。暗くて、悲しくて、毒々しい感じの世界に見えるようなこともある。

でも、その一方で「この世界って虹色だよね」と思える人もいる。例えば、私はね、浪人の時なんて全てが嫌だったな、と思うもんね。

私は浪人時代、秋葉原にある予備校に通っていたんですよね……。予備校に通っている時には結構悲しい感じだったな、と思って。笑

 

まあ毎日ラーメンを食べられたのはめちゃくちゃ幸せだったな、と思うよ。昔、秋葉原駅にある昭和通り口にある「旬風」というお店に通っていてね。

いつも味が濃いラーメンにあきたこまちの小さいご飯を追加で頼んで爆食いしていたんですね。あ、今はもう丼のお店になっちゃったからいかないでね。笑

それは幸せだったのだけど、基本はずっと秋葉原で勉強しなきゃいけなくて、何も楽しいことなんてなくて……。それがね、結構つらかったな、と思ったんです。

 

で、その時はきっと世界のことを「綺麗だな」とはきっと思っていなくて、何だかんだ「嫌だな、この世界って面倒だな」と思っていたはず。

だからね、その時その時の感情によって人間が捉える世界の色は変わってしまうのよ。自分の目でみた映像が脳内で処理されて、

虹色」か「紫色」か、に分かれる感じ。

要は自分次第なんですよね。状況じゃなくて、感情が作り出したもの。で、そんな中で、「この世界は愛で溢れているだろう」という前提を持てたら幸せなんじゃないの?という。

関連記事:生まれてきてよかった、と笑えるほど面倒な世界の中で思う。

 

この世界は愛で溢れている、と思って生きていこうよ

 

この世界は愛で溢れている、と思って生きていきたいな、と思うんですよね。もちろんね、この世界には嫌な奴は当然のようにいるし、悪い奴は普通にいる。

そんでもって、嫌な奴の方が主張が激しかったりして、目立つんですよね。「ああ、嫌だな、こんな人ばっかりなのかな」なんて思って嫌になってしまったりする。

でもさ、この世界は愛で溢れているよね、という前提を持つことができれば、もっと楽しく、ハッピーに生きられるんじゃないかな、と思うのよ。

 

この世界は愛で溢れているよね、という前提で生きていれば、嫌な奴も良い奴に見えてきたり、人の言葉も悪いものが良いものに見えてくる。

 

逆に言えば、「この世界に愛なんてものはない」と思っている人は、プラスのものもマイナスに捉えてしまう。

 

だからさ、生きている時にはね、この世界は愛で溢れているよね、そうだよね?という前提のもとで生きていって欲しいな、と思うよ。

だって、その方が楽しいもん。この世界は愛で溢れているよね、と思える人生だったらお金がなくても、友達がいなくても、家族がいなくても、私みたいに父親が死んでしまっても、

きっとこの世界で生きていくことが、今生きているということが愛おしく感じられるようになると思うんです。

ねえ、そうでしょう?

関連記事:愛情を感じることができる私たちはこの人生で愛の花束を持てば良い。

ABOUT ME
水瀬まりも
水瀬まりも
月間30万人が読む「テトラエトラ」というメディアブログ運営/4つの会社の経営者、役員(人材会社、広告代理店、映像、不動産)/大学生の頃に父を亡くしビジネスの世界へ/前向きに生きることができる言葉を綴っていくよ。「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルもやってるよ。