人生に悩む君へ

家族を失った悲しみと私という人間について考えてみたんだ

家族を失った悲しみとはどれほどのものなのだろうか?そんなことを誰でも1度は考えたことがあるんじゃないかな。

私にもある。父親が会社へ向かう時、玄関口でなぜか泣いてしまったことがある。小学校低学年の頃だったかな。

 

もう会えないかもしれない」と。

そんな可能性を小さかった頃の私はなぜだか考えてしまった。そこからどんどん悲しくなってきて、ただ会社に行くだけなのに、私は泣いてしまった。よく覚えています。

 

でね、実際私が大学生の頃に父親は亡くなってしまって、今はもういません。家族を失った悲しみに関しては誰よりもわかっているつもり。

ただ、いつもいつも思い出すわけじゃない。けど、今回は色々あって思い出しちゃったんだ。

 

家族を失った悲しみは人を遠ざける

 

私は今日の朝、「とある記事」を読んでしまったのです。それは大東駿介さんの記事でした。

水川あさみトバッチリ! 元カレ・大東駿介の「不誠実さ」に悩まされた日々というね、記事なんですよ。

まあ、正直言って水川あさみさんと付き合っていたとかそういうことは今回どちらでも良くて、私が衝撃を受けたのは「ネグレクト家庭で育ったから家庭を持つのが嫌だった」ということ。

 

ここをみて、何となくわかるような部分があったんですよね。私にも少しだけ同じようなところがあるな、と。

大東駿介さんはお父さんもお母さんも蒸発してしまって、叔母さんに育てられた人。その時のね、悲しみというかどん底感は凄かっただろうな、と思ったのよ。

私は片親だけが死んでしまったわけだけれど、それでもつらかったからね。家族を失った悲しみってね、失った人にしかわからないものなんですよ……。

 

ある日突然目の前からいつも一緒にいた人が消えてしまう。そんな出来事があると、「家族なんて作っても、結局はいなくなっちゃうわけだし、それなら大切な人なんていない方がマシだな」と思ってしまう。

自分にとって大切な人がいなくなるのも嫌だけど、自分が誰かにとっての大切な人になってしまうのもまた、何か嫌な感じがしてしまう。

 

それはやっぱり「終わり」が見えているからじゃないかな。

いつかは離れてしまう。どれだけ素敵な相手だったとしても、どれだけ好きになってくれたとしても、いつかは別れてしまう時はやってくる。

その最後の瞬間まで一緒にいられれば、それは素敵なことなのだけど、それでもやっぱり私はどこかでの未熟なんですよ。

「失いたくないな」という気持ちがやっぱりある。だからね、家族を失った悲しみは人を遠ざけるんだな、と思ったよね。

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寝る前になぜかいつも考えてしまう

 

私の場合、なぜだろうか。いつも寝る前に考えてしまう。「もう戻ってこないなあ」とか、「大好きなあの人もいなくなっちゃうのかなあ」みたいなことを考えてしまう。

そんなことはなくて、むしろ私の父親はレアケース。突然死してしまうことなんてのはね、そんなにない。

 

だから、レアケースだってわかっているつもりなんですよ。でも、それでも私にとって大切な人たちみんなの顔を思い浮かべると何だか無性に悲しくなってしまう時がある。

 

終わりがあるから美しいよね、とはわかっているつもりです。人の命にも、災害にも、動物にも終わりがある。何にも終わりがある。だから美しい。

 

そりゃあわかっているよ。でもね、人間の気持ちはそこまで綺麗じゃなくて、そこまで簡単に整理できるものじゃない。

 

寝る前になると、考えてしまうんですよね、大切な人たちのことを。家族を失った悲しみを1度でも経験してしまうと、それが癖になる。

またいなくなっちゃうのかな」という恐怖心を常に持っているような気もする。だからね、なんか一歩引いちゃう部分もあるんですよね。

どこかで、パッと消えてしまえるような薄い存在でいられたら、私にとっても相手に取っても好都合だな、とかね、そんなことを考えてしまう時がある。

それは別にネガティブな意味だけじゃなく、どちらかといえば、とても明るい気持ちでそう思っているわけですよ。

 

家族を失った悲しみみたいなものって、やっぱりどこかで心の中に残っていてさ、感情を支配するのよね。「終わり」を意識させる存在としての悲しみ、とでも言えば良いのかな。

だから寝る前の時間が嫌いです。嫌なことを考えてしまうことが多いから。昔のこと、これからのこと、できれば考えずに生きていきたいよなあ。

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そう言いつつもやっぱり生きようぜ、と思うのよね

 

こうやってグダグダと面倒なことを言っている私みたいな人間の方が長生きしてしまったりするから面倒な世界ですよね。笑

家族を失った悲しみ」なんてものをテーマにして語っている時点でだいぶ闇深いな、と思うんですけど、そういう人間こそ生き残っちゃったりするから申し訳ない。笑

 

でもね、やっぱりさ、生きていたいな、とは思うんですよね。死にたくなるようなことは何度も何度もあったのだけど、私は「死にたい」とは思わないんですよ。

だって、生きていることが大好きだから。笑

家族を失った悲しみを抱えて生きている人がこの世界にはたくさんいる。そういう人たちは私と同じような気持ちを持っていたりもするんじゃないかな、と思うんですよね。

 

友達と一緒にいる時には考えないかもしれない、言わないのかもしれない。でも、1人になった時、考えてしまうことはあるよ。

家族を失った悲しみってさ、私たち失った側の人間にしかわからないものです。遺族にしかわからない。失ったことがない人たちにとっては、「は?何それ?」程度なのだと思う。

でも、それで良いんだよね。

だって、知らないのであればその方が楽だと思うから。笑

うん。ただまあ、私は明日も、明後日も、その次の日もずっと生きていこうと思います。これからもこうやって発信しないといけないしね。

まあね、そうやって生きていきましょ。笑

なんだかんだ言っても、この世界って割と楽しいんだから。

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水瀬まりも
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月間30万人が読む「テトラエトラ」というメディアブログ運営/4つの会社の経営者、役員(人材会社、広告代理店、映像、不動産)/大学生の頃に父を亡くしビジネスの世界へ/前向きに生きることができる言葉を綴っていくよ。「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルもやってるよ。