人生に悩む君へ

「そうか、俺は死ぬんだ」という恐怖を子供の頃に持ったけど、どうやって乗り越えたんだ?

そうそう、思い出したんですよ。子供の頃にね、俺は死ぬんだ、と思ったんです。強烈に覚えているのは公園から帰った後だったかな。

近所に大きな公園があったんですよね、昔。そこでいつも遊んでいました。友達と17時くらいまで遊んでいたかな。

それはそれは遊んだ。で、家に帰ってきたんですよ。その頃は小学生だから、夏休みだったかな。

夏休みだったから、公園に行っては遊んで帰るという生活の繰り返しだったような気がする。本当にそれだけの繰り返し。

でも、その時だけは突然恐怖がやってきてしまった。「そうか、俺は死ぬんだ」と思った。

でね、思ったのよ。あの時の絶望を私はどうやって乗り越えたんだっけな?って。

死ぬことへの恐怖心を持った時は恐ろしかったね

 

本当にあの時は怖かった。ただただ「」というものが怖かったです。これまでは何が好きなわけでもないけど、ただただ楽しかった公園遊びでさえも、何だか怖いものになっていった。

だって、死を意識するような場所になってしまったから。子供の頃に1度くらいはあるんじゃないかな。誰も言わないけれど、子供の頃に恐怖心を持ってしまった人はいると思う。

 

いつか死ぬという事実の前で、私たちは何の解決策も持たない。ただただ怯えるしかないわけですよ。しかも、誰かが知っているわけじゃない。本屋に行けば、「死んだらどうなるか」なんて本が置いてあったりするのだけど、

それはあくまで想像上のことであって、実際には誰も知らない。だから、誰も教えてくれないわけですよ。

そうだね、教えてくれるのは聖書くらいだろうか。拡大解釈なのかもしれないけれど、宗教というものは「」という見えない恐怖を闘うためにあるようなものだと思う。

でも、本当はわからない。もしかしたら聖書に書いてあることが正しいのかもしれないけど、誰にもわからない。

だからね、そんな見えない存在である、見えない対象である「」という事象が私にとってはただただ恐怖の対象だったのです。

みんなもさ、普段話している時には「死ぬこと」について考えないし、言わないだろうけど、1人の時には少しだけ考えるでしょ?怖くない?どう?

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そうか、終わりがあるのは良いことなんだと思った

 

子供の頃に感じた死への恐怖は凄かった。1度感じてしまった恐怖を拭い去ることは簡単にはできない。だから、私は当時、よく泣いていた。

え?死んじゃうんじゃん」と。悲しかったよね。お母さんとも、お父さんとも、友達とも会えなくなってしまうということが。

そして、死んだらどうなってしまうのだろうか?という無限に広がる恐怖が目の前にあったから、本当に怖かった。

 

でもね、あれはよく覚えているのだけど、「決意の朝に」というAquaTimezの曲を聞いている時に、なぜだかわからないのだけど、

終わりがあるから楽しいんだ!終わりがあることは良いことなんだ!」と思ったんですよね。

 

あの曲が「ブレイブストーリー」という映画の主題歌になっていたからだろうか。ブレイブストーリーでは、主人公の母親が自殺未遂をしてしまうという部分があってね、それが何かこう、私が当時悩んでいたことともリンクしていたのかな、と思いました。

うまく言葉では表現することができないけどね。あの曲、あの物語には本当に助けられたような気がします。

終わりがあることは変わらなくて、どこかで私たちは死んでしまう。でも、終わりがあるから楽しいよね、面白いよね、とも思えた。

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乗り越えたような乗り越えていないような状態で生きていく

 

まあね、永遠の課題ですよ、死は。笑

いや、「」なんてつけて良かったのかな。でもね、今はそれくらいの感覚で自分の命を向き合えているような気がします。

命というものはいつか終わる。それはわかっていなければいけないことで、知っておくべきことであって、終わりがあるから頑張れる。

それはその通りなんですよ。でも、それが全てではない。やっぱり怖いものは怖いし、恐怖の対象ではある。

明日死にますよ」と言われたら、悲しくなるもん。みんなもそうでしょ?ただね、ほら、私もですけど、みんな怖いわけじゃないですか?

 

苦しんでいる人は何もあなただけじゃなくて、全人類が苦しみながら、何とか生きている。この地球という不思議な星の上で何かわからないけど、生きているわけですよ。

それが良いのかな、と今は思っています。子供の頃に感じた「そうか、俺は死ぬんだ」という恐怖心に打ち勝ったわけでは全然ない。

まだまだ私は弱くて、自分の命とも完全には向き合えていない。

 

でもね、そのままでも良いから、受け入れていない状態のままでも良いから、頑張って生きてみようと思ったのです。

全てを100%受け入れることなんてまだまだ私にはできない。そんなすぐに大人になれるわけでもないし、悟れるわけでもないからね。

この先、何十年と向き合えずにふわっと生きていくのかもしれない。「」という恐怖と並走していく感じなのかね。

 

わからないけどさ、乗り越えないまま乗り越えて行こうと思うよ。生きような。何かわからない面倒な世界だけどさ、生きようね。

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まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。