人生に悩む君へ

今日死ぬかもしれない、と思ったら君はどうする?

ねえ、みんなはさ、いつ死ぬと思う?

自分の命が尽きてしまって、どこで死ぬと思う?いつ、どこで、何をしている時に死んでしまうと思う?

怖いよね。死ぬ時のことを考えると、この世界の全てのものが灰色に見えてきて、何だか全てが虚しくなってくる。

結局全てのものは終わりに向かっているような気さえしてくる。

テレビでは殺人事件のニュースが流れたりとか、自殺した人の報道がされている。そんな報道を見て、私たちは「かわいそうだね」と言う。

でも、実は私たちだって同じ状況に置かれているのではないだろうか?と思ったのです。

今日死ぬかもしれない。そんなことを言っても、多くの人は「は?何言ってんの?」という感じだろうね。だって、死んだことなんてないし、今日死ぬなんて考えることができない。

今30歳の人は、30年間1度も死なずに生きて来れたわけで、だからこそこうやって記事に辿り着いたわけでさ。笑

だからね、想像することができないわけよ。でもね、今日死ぬかもしれないんですよ。いつ死ぬかなんてわからない。今日、どっかで死ぬかもしれない。

そう思ったら、何だか自分の人生を一生懸命生きてみたくなりませんか?

 

今日死ぬかもしれないという恐怖

 

今日死ぬかもしれない。そう考えると恐ろしいですよね。だって、今日死ぬわけですよ?今日死んで、明日からは無意識の世界へ行ってしまう。

散々遊んで、食べて、寝てきた世界から一瞬にして去らなければいけない。50歳の人ならば、この世界で生きている記憶は50年分しかなくて、死んでしまったら、これから先はずっと意識の外で生きていくことになる。

いや、どうなのだろうか。そもそも「」という概念からして定義しなければいけないような気もしますよね。

でも、まあわかりやすく言うならば、死んでしまったらそれで終わりじゃないですか。ゲームで言うところの「GAMEOVER」です。

 

だからね、今日死ぬかもしれない、と思ったら何だか急に怖くなってくるんですよね。私の場合、意外にも死そのものに対する恐怖心は薄いのかもしれない。それは、実際に私の父親が死んでしまったから。

身近な人が実際に死んでしまっているから、死そのものに対する恐怖心というものは少しだけ薄いのかもしれない。

でも、自分の人生が終わってしまうという点を考えると、怖くなってしまう。

 

この世界が好きだ。で書いたけど、凄い好きなんですよ。

生きることが物凄く好きで、この世界にできるだけ長い間いたいな、と思っています。無駄な時間も、退屈な時間も、自然と戯れる時間も、全ての時間が大好きだから、この世界に長くいたい。

でも、人間というものは今日死ぬかもしれないし、1分後にはこの世界にいないかもしれない。そういう存在なんですよ。

そう思ったら何だか怖くなってきませんか?今日死ぬかもしれない、なんて考えたくもないかもしれないけど、もしも今日、1分後に死んでしまうとしたら、どう生きるのだろうか。

関連記事:悲しみを背負って生きる私たちは愚かな存在なのか、それとも。

私は何をして何のために生きるのだろうか?

 

私は死ぬために生きているわけじゃない。私たちはよくよく考えてみると、「」に向かって歩かされているということに気がつく。

なぜなら、どんな人間も最後には死んでしまうから。平安時代に生まれた人が、今のこの世界にたった1人でもいるだろうか。いませんよね。

科学の世界でも多くの「例外」がある。例えば、検査をしても、「偽陽性」といって「陽性患者ではないのに陽性判定されてしまう人」がいるわけです。

 

それなのに、「」には一切の例外がない。「これまで1人だけ死なない人間がいたんです」なんてことがあったら、世界の大ニュースです。でも、そんなことはない。

まあ、だからこそキリストの「蘇り」が聖書に載っているのだろうけど。

 

うん。まあ無駄なことはいいや。とにかくね、今日死ぬかもしれないわけですよ、私たちは。

今日死ぬかもしれないし、何なら今感じている、認知している世界だって、死後の世界かもしれない。それくらい、「死」というものは意外と身近なものです。

今日死ぬかもしれない、と思ったら私たちは何のために生きているのだろうか?と思った。夢を叶えるため?家族のため?息子のため?世界平和のため?

難しい問題だよね。ここに答えはない。答えがあったら知りたいところだけど、生憎、そんな都合の良いものはこの世界に存在しない。

 

だから、自分で考える必要があるんです。

そうだな。私は何のために生きているのだろうか?と考えてみると、意外にも「楽しむため」だけだったりするな、と思った。楽しむ、にも種類がある。

 

自分のために楽しんだり、相手のために楽しんだり、世界やオンライン上の人ために楽しんだり。その全てを実行しているのが今なのかな、と思ったよ。

とまあこんなことを書いているのは今ルノアールなのだけど。笑

今日死ぬかもしれない。そう思ったらさ、何かもっと頑張って面白く生きたいな、と思うよね。私はいつもいつも死ぬ瞬間のことばかり考える。

 

あとどれくらい生きられるのだろうか?」と自問する。で、眠れなくなったりする。でもね、それくらいで良いんですよ。

じゃないと、私たち人間は何もせずに人生を終えてしまうような気がするから。

関連記事:夢を叶えられない人だとしても、私は私の夢を追い続けるよ。

 

誰かの心に残る生き方をしたいよなあ

 

死んでから肉体だけがこの世界に綺麗に残っていても仕方がない。例えば、イタリアのパレルモにあるカタコンベ(地下納骨堂)にいる「ロザリア・ロンバルド」という少女を知っていますか?

幼い頃に肺炎で亡くなってしまったロザリア・ロンバルド。彼女の父親が「生きているかのような状態を保存したい」ということで、遺体防腐処理が行われました。

それから100年、今も変わらず当時のまま、生きているかのような顔で残っている。

では、ここで質問です。彼女の父親はその後、娘のことをずっと見に来たのか?

 

答えは「NO」です。死後も変わらない彼女の姿を見て、より深い悲しみを感じてしまい、来なくなったそうな。

そうなのよね。だからね、思ったのよ。肉体だけが残っても仕方がない。重要なのはそんなことじゃなくて、誰かの心にそっと残っていることとかさ、誰かの心を変えるような行動とかさ、そういうものじゃないかな、って。

 

私もあなたもいつか死ぬ。いや、今日死ぬかもしれない。死んでしまったら、遺体はすぐに燃やされて灰になる。少し前まで生きていた人が灰になるなんて嘘みたい。

でも、私は私の父親が灰になったからよくわかる。本当に呆気ないものです。

だからね、今日死ぬかもしれない、と思ってもっと頑張っていきたいよね。誰かの心に残る生き方をしていきたいよね。

肉体はいつか滅びる。どっかの土の養分になる。でも、私がこの世界に残した行動は残っていく。それが大きなものであればあるほどね。

 

そんな人生にしていきたいな、と思ったよ。

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まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。