人生に悩む君へ

父親を思い出せないどこかの誰かへ

最近、少しだけ父親を思い出せないな、と思うようになりました。それは全てを忘れてしまったわけじゃなくて、何となく、何となくだけど思い出す回数が減ったりとかして。

というか、何だろうね、全体のふわっとした雰囲気を忘れるようになってきたような気がするんですよ。

なぜだろう。大きな病院の前を通ると、思い出すんですよね。「あ、俺の父親死んだんだった」と。

まあ何だかつらい感じにも聞こえるけど、そうでもなくて、何かわからないけど、折り合いがついてきた頃なのかな?と思ったんですよ。

父親を思い出せない最近の私の現状をちょっとだけ書いてみるね。

 

何年も会っていない友達と同じだよね

 

何年も会っていない友達でも同じじゃないかな、と思うよ。私は父親ともう何年も会っていない。でも、それは何年も会っていない友達と同じでさ、

あ、そんな人もいたな」という感じになるのは当然のことだと思うのね。だって、いつまでもずっと亡くなった人のことばかり考えるようにできていたら、それはそれで生きていけないよね。

というか疲れるよね。だから、神様がうまい感じで人間の脳を作ってくれたんですよね。そのおかげで私は父親のことを24時間365日考えなければいけない状態からは解放されている。

でも、人によっては「父親のことを思い出せないのって何か申し訳ない」と思う人だっているでしょう?私だってそうだった。

いや、何だったら今でもちょっとはそういう気持ちがある。思い出せない自分が何かちょっと恥ずかしくて、ちょっと可哀想でもあって。

でもさ、何年も会っていない友達だって同じようなものじゃないですか。10年とか、20年くらい会っていない友達のことを常に考えているわけじゃないでしょ?

たまに、ふと思い出す時があったりして、LINEとかで「最近何してるん?」なんて聞いてみたりする。

いつもいつも思い出す相手ではないのだけど、嫌いなわけじゃなくて、大切な人のうちの1人じゃないですか。父親が死んでしまった場合もこれと同じ。

死んでしまったら、1年、2年と合わない時間が長くなっていく。だから、だんだんと思い出す回数は減ってきてしまうわけよ。

何なら忘れていたことも忘れちゃうというかさ。そしたらなんか申し訳ない気がするよね。この世界からいなくなっちゃったような、自分がお父さんの存在を消しちゃったみたいな気がする。

でもね、それは悪いことではなくて、思い出せないことは時が経過したというだけであって、その、うん……。

だからね、別に自分の責める必要なんてどこにもないんじゃないの?と思うのね。

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父親を思い出せない自分を責めないで欲しい

 

父親を思い出せない自分を責めてしまう人なんかも結構いるんじゃないのかな、と思うんですよ。小さい頃から一緒にいた人のことを忘れてしまうなんて残酷で冷酷な人間だと思いませんか?

私の父親は忙しかったから、すごく遊んでもらったわけじゃない。でも、ちょー優しくて、何かあると絶対に助けてくれた。そんなお父さんだったんだよね。

そんなお父さんを私は忘れちゃうことがある。思い出せないことがある。

人間ってさ、何ならお父さんとお母さんの遺伝子を1つずつもらって生まれてきたわけじゃない?

だから、私の身体もあなたの身体もどこかの女優さんもどこかのカラスもこの世界に生きる多くの生物の半分は父親でできているわけです。

そんな人を忘れてしまうことなんてあるの?そんな自分ひどくない?

そう思うよね。でもね、忘れてしまうものなんですよ。私もだんだんと父親の外見的な特徴みたいなものって忘れてきているような気がする。

例えば、どんな声だったのか?なんてのは忘れてきてしまっているような気がするよ。かなり太い声をしていたということは覚えているのだけど、再現しなさいと言われても、再現できない。

 

最近、父親関係の知人に会ったりすると、「お父さんと似ている声だね」なんて言われることもあるけど、自分ではわからない。私の方が細い声だと思うしね。笑

 

でもね、まあ忘れてしまうもので、何を着ていたのか、どんなことで笑っていたのか、何が好物だったのか、そんなこともだんだんと忘れてきてしまっている。

この世界に最初からいなかった人かのように、だんだんと記憶から消えていってしまっている感覚はあるんですよ。

 

きっと私だけじゃない。最初は「お父様にはお世話になりました」と言ってきた人たちも、徐々に私の父親の話をする回数が減ってきた。本人たちはそれに気がついていないのかもしれないけど、確実に減ってきた。

思い出してもらえる数なんて減ってしまうもので、私だってだんだんと忘れてきている。少しだけ寂しい感じもするのだけど、それで良いんですよ。外見がどんな感じだったのか?とか、声とか、そんなものを忘れても別に良いのかな、と思うんですよね。

 

だって、一緒に過ごした時間に関しては、ずっと残っているわけだし、死んだからといって、家族の心から誰かの心から消えてしまったわけじゃない。ずっと生きてはいるんですよね。

関わったことがある全ての人たちの心の中に、私の父親が少しずつ眠っている。そんな風に今は思っているんです。

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家庭における「父親」の大きさ

 

家庭のおける父親の存在って大きいよな、と思うんですよね。やっぱり母親と父親って全然違うんですよね。

母親ってどれだけ強い人物だったとしても、父親の代わりにはならないんですよ……。私もね、最初はわかりませんでした。

父親のことを心から好きだったのか?というと、そうじゃない。まあ、そんな人っていないじゃないですか、男で。笑

 

だいたい少し喧嘩したり、少し距離があるような感じだと思うんですよね。

女性は知らないかもしれないけど、男親と子供ってちょっと男友達みたいなところがあって、ちょっとライバル関係でもあったりする。主従関係でもないし。笑

結構変な関係性なんですよね。だから、ベタべタしているような父子ってのはあまりいないんじゃないかな、と思う。

私もまあ仲は良い方ではあったと思うけど、全てが全て父親と上手くいっているわけではありませんでした。喧嘩をすることもあったし、何なら許せないことだってあった。

いや、むしろそのどうしても許せないことで何年間か苦しんだ。

 

うん。でもさ、家庭における父親の存在って大きいのよ。父親を思い出せない自分を責めてしまう人はたくさんいると思う。

けどさ、少しくらい忘れた方が良いじゃないの?笑

父親なんて忘れたくても一生忘れられない存在でさ、男同士だったら何なら喧嘩だってよくしたでしょう?だからね、少しくらい忘れる存在になってくれても良いんです。

 

良い意味で、距離があった方が良いんよ。家庭においてはさ、やっぱり父親の存在って大きいよ。父親が亡くなってから、私は1人っ子で、1人で生きていくしかない感覚があったからさ。

 

だから、何というか、父親に対してはむしろ「なんてことをしてくれたんだよ」みたいな怒りもあったしね。

母親だけを置いてっちゃってさ、どうやってこの世界を生きていけば良いのか、大学生の私にはちょっとわからなかったです。大学を辞めようかとも思ったくらいですから。

うん。まあね、そんな感じだよね。だから、少しくらい忘れてあげるか、と思っておきましょう。笑

父親を思い出せないのは悪いことじゃないよ。もっと気楽に生きてみましょう。もっと楽に、ふわっとね。

 

いないことのことになると、人間ってさ、やっぱり悲しくなっちゃうものなんだよ。思い出は美化されるし、好きだったところばかり思いついちゃう。

でも、忘れるのが人間でもあるよ。それで良いよ。

君は悪くない。

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まりもだよ(o'ー'o)「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルやったりブログ書いたり。のんびりびりびり。チョコとヨーグルトが好きです。