人生に悩む君へ

親の死によるストレスを浴びても、立ち上がって欲しい

親の死によるストレスで苦しんでいる人が実はこの世界、多いと思うんですよね。親というのはまあ当然だけど、自分よりも絶対に若いわけです。

14歳の少女が産んだとしても、子供は自分よりも若い。子供からすると、親の年齢を超える時は絶対にやってこないから、親の方が基本的には先に死んじゃうわけですよ。

だからね、結構つらい思いをしている人は多いんじゃないかな、と思うよ。

親が死んだ時、私だってストレスで死にそうになっていました。本当に今思い出してもつらくなってしまうくらい嫌な思い出です。

でもね、そんな当事者だからこそ書けること、書くべきことがあると思ったんですよ。

親が死んだ時のストレスって凄まじいよな

 

親が死んでしまうと、本当に、本当に生活が変わってしまう。

家庭を支えているのは「親」であって、「」ではなかった。中学生くらいの時には「俺って大人だよな」と思っていたけど、全然違ったのよね。

それはある意味嬉しいことでもあるよね。

だって、親のお金で好きなことをやって、リスクなしで人生を楽しむことができるのだから。

でも、そんな状態も「親の死」によって一変してしまうわけです。

核家族」という名の脆い構造の中で生きているのが子供なんですよね。

だから、親の死によるストレスって大きいんですよ。親が死んでしまうと、「親が死んだことへの悲しさ」ってのもあるんですけど、

それと並行して、金銭的な不安とか住居の不安とかね、そういう不安が発生してきますから。

それら全てが私にとってはストレスでした。親の死によるストレスって凄まじいよ!と言っても、体験したことがない人はわからないと思う。

きっと、「命が終わった」ということへの悲しみしか想像できないだろうから。

でも、それだけじゃないのよね。親の死で感じるストレスは親が死んだことだけじゃなくて、それに付随する全てなんですよ。

親の死を悲しむこともあるけれど、親の死に付随して、金銭的に大変な思いをすることも多いからね。私の場合、生きる力をつけるには?親を失い、数千万円の借金を背負った私が言えること。で書いた通り、実際大変だったし。

関連記事:借金をどうにかしたいと思っている人たちへ、経験者が語るよ。

親の死によるストレスから立ち直る方法

とにかく1人にならない

親の死のストレスって人生における「大きなストレスランキング」でも上位の項目なんですよ。

だからね、そんな時には1人にならない方が良いです。「誰にも会いたくない」という気持ちは凄くわかる。

私もそうだったから。私も「お金もないし、そんな気分じゃない」と誘ってくれた友達に言ったけど、無理矢理居酒屋に連れて行かれたな。

でも、振り返るとありがたかった。本当にね、親の死のストレスがつらい時には「一緒にいる人がいるんだ」という安心感が大事だからさ。

1人になると、つらいことばかりが思い浮かんでしまう。だからね、誰かと一緒にいた方が良いのよ。親が死んでしまったら、1人になってはいけない。ストレスで死んでしまうから。

 

時間の経過を待つ

父親が亡くなるまでは知らなかったけど、「時の経過」って凄いね。

どれだけつらい記憶でも人間は忘れていく。もちろん、父の死も忘れていく。

あの時はつらかったはずなのに、1ヶ月、2ヶ月と経過していくうちにどんどん楽になっていくのですよ。

親の死によるストレスでつらい人は時が経過するのを待ってみれば良い。

もういいや、死んじゃお」は勿体ない。どれだけつらくても、時間が忘れさせてくれる。時間って残酷なほどに全てを洗い流してくれるから。

きっと、どんな遺族でもそう思うんじゃないかな。

親の死はストレスになるし、最初の方なんて地獄だけど、本当に変わってくるんですよね。

 

運動をする

あの時は運動なんて1mmもしていませんでした。でも、今思うと、「あの時運動していれば変わったなぁ」と思うんですよね。

運動をすることにより、人間のメンタルは上向くわけですよ。

は?そんなことあるかよっ!」と思っている人もいるよね?

でも、やってみればわかる。親の死によるストレスは大きいけど、そのストレスを跳ね返すほどの効果があるよ。

今の私だったら、絶対に運動していますもん。親の死を見つめるだけじゃストレスが溜まるだけです。

もっと発散しないといけないのですよ。ランニングしたりとか、まあ色々な方法でね。

関連記事:亡くなった父親が夢に出てくる6月の不思議。

もう会えないんだな、と思ったあの日から

 

もう会えないんだな」思ったあの日からもう随分と時が経過した。

今もこの記事は「美容院の中」で書いているのだけど笑

美容院で髪を切ってもらっている」という今の状況を考えると、「ああ、普通の日常を送るようになったなぁ」と、不思議な気持ちになる。

日常生活を送れば送るほど、「父親が死んだ日」を感じるというかさ。

忘れているけど、感じるというか。うん。まあ過去の出来事として少しずつ消化していっているのでしょうね。

親の死によるストレスってさ、他人には理解されないほどつらいはずなんですよ。

父親が生きている時に想像した「私の中の親の死」と「実際に体験する親の死」は全然違ったもん。

思っていた以上につらくて、孤独で、寂しくて。

本当につらかった。

でも、今はこうやって楽しく生きていて、何ならあの時のつらい記憶から少しだけ離れられる瞬間があったりして。

生きていて楽しいな、と思うんですよね。この世界が好きだ。でも書いたけど、今はこの世界が大好きで、生まれてきてよかったな、って思っているよ。

 

だから、みんなも生きてね。親が目の前からいなくなっちゃうと、自分の命さえも否定したくなるほどつらいけど、それでも生きよう。

どれだけつらくても、生きていかなきゃいけないんよ。あ〜、そんなつらい人たちで集まってランニング大会でもしたいな。笑

くそくらええええ!」って言って、みんなで走ったら、少しは楽になるよな〜!笑

関連記事:命の終わりまで私は走り続ける。

ABOUT ME
まりも
まりもだよ(o'ー'o)ワーキングホリデービザでウィーン在住(2022年〜)の29歳。中高6年間男子校で生活。海外をふらふらしながらなんだかんだ生きています。応援は「アマゾン欲しいものリスト」からお願いします。