ブログ運営を語る

1人になった時に押し寄せてくる君の絶望が1mmでも減ったら僕がブログを続けてきた意味はあるんだ

1人になった時ってさ、人間は弱くなるような気がするんですよね。

周りに誰かがいてくれる時には何とも思わない。でも、1人になってみたら、怖いくらいに寂しくて、悲しくて、虚しい時があるでしょう?

人間は1人になると弱くなってしまうものです。

え?あの人が自殺したの?」なんてことを言う人もいるけれど、闇の部分みたいなものは近くにいても中々わからないと思う。

私の仲が良かった友人も2016年に自殺してしまった。「あの人が?」と思った。でも、そういうものなんですよ。

 

1人になった時に押し寄せてくる君の絶望が1mmでも減ったら良いな。そう思って、私はブログを更新しているよ。

誰かといる時に死ぬ人は少ない

 

だいたいの人が死ぬ時って1人じゃないですか。自分で命を終わらせてしまう時、誰かはきっと1人でいる。

しかも、意外なほどに「突然」死んでしまったりする。もう抑えられなくなったのだろう。

もう生きていてもつらい、死のう

そうやって考えて1人、見えない重圧みたいなものを受けて死んでいく。自分だけに不思議な紫色の力がかかったかのように感じる。

だからね、1人の時って危ないのよ。誰かと一緒にいる時には死なずに済む。

なぜだかわからないけど、きっと「寂しくない」のだろうね。1人の時には変に緊張の糸が切れてしまって、つらくなる。

そんな経験が私にもあります。別にだからと言って私は死ぬわけではない。それくらいで死ぬんだったら、きっと私はもうとっくに死んでいる。

 

でも、中には死んでしまう人だっているわけじゃないですか。だからね、そういう人たちが少しでも元気になってくれたら良いな、と思ってブログを運営しているような感じです。

私が誰かと一緒にいてあげることはできないのかもしれない、物理的にはね。ただ、こうやってブログを更新して、

ああ、この世界にも同じように苦しんで、同じように生きて、不恰好に生きている人間がいるんだな」と思えたら、少しだけ心が楽になりませんか。

1人の時に押し寄せてくる”あの”何とも言えない何とも言えない感じが私は凄く苦手で、苦しくて。

だから、そんな気持ちを少しでも削ってあげられたらな、って。そう思うんです。おこがましいけど、そう思って書いています。

どこかの世界にも自分と同じように悩んで苦しんで、たまに笑っていて。そんな奴がいたら、ほっとするじゃないですか。

だから、更新し続けたいんですよ。

お金のためだけだったら、「転職アフィサイト!!」みたいなのを作った方が儲かる。でも、私はそれじゃ嫌なんですよね。やる意味がない。

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1mmずつで良いんだ

 

私が書いた何かの記事で「一生生きていける」なんてことはない。残念ながらそれはないんだよね。

どれだけ心に刺さる文章だったとしても、やっぱりそれだけでは生きていけないのよね。

でも、1mmくらいだったら、減らせるかもしれない。私だって、つらかった時には色んな人の言葉に支えられたから。

父が亡くなった当時に40代くらいのゼミの女性の教授が「私も父を亡くしたのですが…」という長文が何だか優しさに溢れていて、今でも忘れられません。

だからね、意外とブログの「1記事」にだって、少しくらいの力はあるんじゃないかな、と思ったんです。

しかもね、長年、ブログをやっていると、「え?この記事が!?」みたいな時も結構あったりするんですよね。頑張って書いた記事とかでも、読まれない時や反響がない時は全然ありません。

でも、逆に、「誰も興味ないっしょ」くらいの気持ちで書いたことが、逆に誰かの心の刺さったりするわけですよ。

1人になった時に押し寄せる絶望。それは絶対にあると思うんです。1人の時の顔って誰もが持っていると思うし、実は弱くなっている瞬間でもある。

そんな人たちの不安や怒りや悲しみや憂いを一瞬で取り除くような「即効魔法」みたいなものではありません。

でもさ、1mmくらいは減ったりすることもあるんじゃないの?なんて思う。

私が今までで最も衝撃を受けた記事は、今は名前を変えてしまっていますが、「ももねいろ」の運営者の方が書いていた「大切な家族との突然の別れ。車の中で燃えて消えた父を見て、過去のつらい経験が今の自分の強さになる」という記事でした。

もうブログは引退されたのかな。わからないけど、ほぼ同じ年齢の時に父親を車の中で失くしていたので、何かね、うん、不謹慎だけど、

そうか、こういう人もいるんだ」と思って記憶があります。

だからね、辛い記憶でも、どんな文章でも、誰かの気持ちを少しくらいは楽にすることができるんじゃないかな、と思うのよ。

だから、私は書き続けているのです。

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この世界の全ての人たちへ

 

時々、生きることさえも面倒になることってあるよなあ。生きることって最高に面倒じゃないですか。複雑な人間関係の中で生きて、好きな人と別れたり、付き合ったり。

1人になった時には、「え〜!?」と驚くくらいの悲しみが襲ってきたりする。

そんな地球という星で、この世界で、こうやって細々と生きていると、ふいに「あれ?ふわっと死んじゃわないかな?」と不安になったりもする。

でもね、この世界の人たちはみんな同じように悩んでいて、君が1人で眠りにつく夜も、どこかの誰かは苦しんでいて、どこかの誰かは笑っていて、いや、何なら飲みに行っていて。笑

 

うん、そんな世界なわけですよ。そう思えたら、少しだけ安心しませんか。この世界で自分だけが孤独にも苦しんでいたら、何か切ないよ。

苦しいよ。考えるだけでも、息が詰まる。でも、そうじゃないんだよね。

誰もが人に言わない「何か」を抱えていたりして、それでもまあ何とか生きている。この世界の全ての人たちは、同じ苦しみや喜びや希望を共有しているような気がしている。

 

だからね、苦しみ、笑い、もがく自分の姿を「人類代表」として、ここに書き記していくわけです。

何の役に立つかはわからないけど、私は今日も明日も書いていくよ。

1人になった時に押し寄せてくる君の絶望が1mmでも減ったら僕がブログを続けてきた意味はあるからさ。

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水瀬まりも
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月間30万人が読む「テトラエトラ」というメディアブログ運営/4つの会社の経営者、役員(人材会社、広告代理店、映像、不動産)/大学生の頃に父を亡くしビジネスの世界へ/前向きに生きることができる言葉を綴っていくよ。「ぼくのとらべる。」というYouTube旅チャンネルもやってるよ。