人生に悩む君へ

会うと嫌な気持ちになる人っているよな

会うと嫌な気持ちになる人なんていないと思いたい。でも、実際にはいるんですよね。まあさ、1億人くらい日本だけでも人が住んでいる。

だから仕方がないよね。悪い人もいれば良い人もいる。もちろん私の周りには良い人もいて、父親が亡くなった時には毎晩のように夕食を作ってくれた人だっていました。

コロッケを作ってくれることもあれば、肉じゃがの時もあったな。本当に良い人だっているわけですよ。

でも、その逆で会うと嫌な気持ちになる人だっているんですよね。社会で生きていると、やっぱりそういうこともあってさ。

今回はそんなことについて書いてみようかな、なんて。

 

私の経験から思う会うと嫌な気持ちになる人の特徴

ネガティブ発言が多い

会うと嫌な気持ちになる人ってネガティブ発言が多いんですよ。まあさ、こんな不景気な世の中だからネガティブになってしまうのもわかるよ。

でも、それにしてもネガティブ発言が多いのです。例えば、この前も相手と仕事の話をしていたのですが、

うーん、どうせ上手くいかないですよ……」と自分の仕事に対してネガティブな発言ばかりしていたんですよね。別に相手と私は仲が良いわけでもないから、関係ないけれど、やっぱりつらい。

 

どうせならポジティブな意見を聞きたいよね。だって、ネガティブなことを言っていても、誰も寄ってこないのだから。

 

人の悪口が多い

誰かの悪口くらい私だって言いますよ。人間だもんね。嫌いな人はいるし、ムカつくことだってある。そんな聖人でもないし。

でも、人の悪口が多いのはちょっと悲しいというか、虚しくなってくるんですよ。

人の悪口だって少しなら我慢することができる。ただ、それが多くなってくると苦痛でしかないんですよね……。

会うと嫌な気持ちになる人って基本的に常に不満を抱えていますから、その不満を周りの人たちに話さないと発散することができないのです。

自分の「感情処理能力」以上の感情を抱えてしまうから、誰かに話さずにはいられないのですよ。

私は人の悪口なんてできれば聞きたくないし、そんなものはネットのライブ配信とかですれば良いじゃん、と思ってしまう。

 

人の意見を受け入れない

会うと嫌な気持ちになる人って、「謙虚」でもなかったりするんですよ。だから、相談してきたところで他人の意見を受け入れないんですよね……。

ただただ時間を割くだけになって、具体的な解決策にはいつまで経ってもたどり着かない。そういうことが多かった。

人の意見を何でも聞き入れていれば良い、というわけでもありません。そうなったらただのイエスマンだからね。味のない人間になってしまうからいけないことです。

でも、ある程度は聞き入れる強さも必要なんですよ。

関連記事:ここで死んでもいいやという強さを私は持っていたい。

 

会うと嫌な気持ちになった体験談

もっと太った方が良い事件

私の場合、元々は痩せていたのですが、途中で太ってしまったんですよね。でも、また痩せたのです。なぜなら脂肪肝や逆流性食道炎になってしまったから。

病気についてはここらへんで書いているので、興味がある人は読んでみてね。

太ってしまうと、また逆流性食道炎になったり、慢性胃炎になったりするので嫌だったのです。だから、食事も普通レベルにしていたんですよね。

でも、なぜだか女性って太っている人の方が好きじゃないですか。それも痩せている人ほど、太らせようとする傾向があるんですよね。

だから、あまり食べない私に羊羹を出してきたり、煎餅を渡してきたりしたのです。会うと嫌な気持ちになるっていうと、実際に悪口を言われたりとか、そういうことを想像すると思うけど、私は相手の行動が嫌でした。

それでいて、「今食べないと、60歳になった時に食べられないよ」みたいな何のエビデンスもない論理を説いてきて、それがまた腹立たしかった。

そもそも私は割と食べているし、運動しているからこそ太らないわけであって……。ウイダーinゼリーを主食にしている人には言われたくないよな。そう思ってしまった。

 

悪いところを見ないと安心しない人

例えばさ、自分が焼肉を好きだとしよう。すると、私たちって「相手も焼肉が好きに決まっている」と思ってしまうものなんですよね。

それと同じで、性格が悪い人って「相手も性格が悪いはずだ」と思ってしまうものなんですよ。

だから、一緒に飲みに行った人が「人の不幸って嬉しくない?」と言っていた時には引いてしまった。普段は会うと嫌な気持ちになる人ではなかったのだけど、その時ばかりは嫌だった。

だって、私は別に他人の不幸なんてどちらでも良いというか、それはその人のことであって、その人が不幸になったからといって、自分が幸せになるわけでもないし……。

他人の不幸を笑うことでしか、比較することでしか生きていけないなんて可哀想だな、と思ったのですよ。

 

それに「他人の不幸を望んでいるはずだ」という前提で話をするから、それが何とも醜くて嫌だった記憶がある。

どうせならお互い幸せな方が良いし、どうせなら楽しい方が良くないですか?別にこちらが何かをするわけではないのだけど、あえて不幸を願うことも、隣にいる人が不幸を願う人であると思うことも、ない方が良い。

関連記事:不幸になってほしい、と思うくらい嫌いな人が会社にいました。

 

 

むやみに周りの人を増やさない主義ってやっぱり良い

 

私は無理に周りの人たちを増やしません。よくさ、好きでもない友達でも上手く付き合っていく人っているじゃないですか。

性格が悪い友達がいたとしても、一緒にご飯を食べに行ったりとか、どうにか頑張って周りの人間を増やしていく人がいるわけですよ。

まあ、そういう生き方も良いよね。私も中学生の頃とかは、頑張ってコミュニケーションを取ってどうにか学校で生きていたし、誰にもそういう時代もあるのかもね。

黒歴史だ……。

学校から帰ってきて、家のソファに座った途端に寝てしまったりしたなあ。帰宅部だった時期なんて、帰ってきてすぐに寝ていました。それくらい頑張っていたのでしょう……。

 

でも、むやみに周りの人を増やしても仕方がないと思うな、最近は。だって、面倒なだけじゃないですか。

会うと嫌な気持ちになる人に会わないためには、できるだけ自分の人間関係をシンプルにしておいた方が良い。これまで生きてきた経験からそう思ったよ。

仕事だったら仕方がないのかもしれない。

でも、せめてプライベートでの人間関係においては綺麗な人間関係を作っておいた方が良いのです。

ああ、この前もね、仕事のことなのだけど、取引先でお金を払ってくれないようなところがあってさ、そこの社長も社員もひどくてね、本当に嫌な気分になる。

そんなことがあったから書いてみたのです。ええ。

人は好きだけど、面倒な人には関わりたくないね。

関連記事:人間嫌いになるのが仕事かもしれない。

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水瀬まりも
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