ブロガー「水瀬まりも」とは?
人生

死んだらどこに行くんだろう?死後の世界とは。

死んだらどこに行くんだろう?
死後の世界とは

 

誰しも一度は疑問に思ったことがあると思います。

人間は死んだらどこに行くんだろう?

 

宗教ごとにその考え方がちがったり、
そもそも心と身体は繋がっているのか否か、死後の世界の有無から話しをしなければなりません。

今日は死後の世界について考えて見たいと思います。
・心身一元論と心身二元論
・宗教で違う死後の世界

 

心と身体は繋がっているのか?

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一元論

同一説

タイプ物理主義(ないしタイプ同一性説)はJ.J.C.スマート (J.J.C. Smart) とアリン・プレイス (Ullin Place) によって行動主義の失敗に対する直接の反応として展開されたものである。これらの哲学者は、もし心的状態が物質的なものであって、しかもそれが行動ではないのなら、おそらく脳の内的状態と同一ではないかと推論した。非常に単純化した言い方をすれば「心的状態Mは脳状態Bにすぎない」ということである。たとえば、「コーヒーを一杯ほしいという欲求」は「脳のある領域のあるニューロンの発火」以外の何者でもないということになる。

wikipediaより引用

 

一元論というのは心というものそのものが脳と全く同一であるという考え方のことをいいます。
私たちが普段心の中で感じる感情のすべてが脳の信号と同一である、ということですね。

嬉しいのも悲しいのもすべて脳内のシナプスから出て信号の刺激によるものであるということ。

この考え方の中では脳死=死亡、という考えになります。

脳の活動が停止したらその人間の生命は無になる、という考え方ですね。

 

二元論

デカルトの心身二元論

 

デカルトは心を「私は考える」 (cogito) すなわち意識として捉え、自由意志をもつものとした。一方、身体は機械的運動を行うものとし、かつ両者はそれぞれ独立した実体であるとした。ただし、このことは心と身体に交流がないことを意味しない。デカルトは精神と脳の最奥部にある(とされた)松果腺や動物精気、血液などを介して精神と身体とは相互作用すると主張している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E8%BA%AB%E5%95%8F%E9%A1%8Cより引用

 

デカルトが唱える心身二元論では心と身体は別に存在するとされています。身体が機能を果たさなくなっても心は存在し続ける、という考え方ですね。

 

生死の境

今の医療では
・自発呼吸の停止
・心拍の停止
・瞳孔が開く
この死の三兆候が揃うことで死亡と認めれれています。

しかしこの三兆候だけでは脳死状態でも死亡として認められてしまいます。
この三兆候だけで死亡と判断され、臓器移植が盛んに行われていた頃は、その臓器移植手術で初めてその人が死んでしまった、ということが多くあったそうです。

今では脳死状態、という状態が認められて、それは死亡とは認められなくなりました。
つまり二元論的な考えが広く一般的だということです。

この脳死状態の時に、仮死体験をした、というエピソードもあって、二元論的な考え方はさらに浸透していますよね。

私自身も心と身体は別に存在しているものだと思っています。
というか、そうあってほしいと願っているのかな。

信号ではない何か、特別な力のようなものの存在を信じたいのかもしれません。

 

宗教ごとに違う、死後の世界

 

死後の世界には宗教によって全く異なっています。
地球という星で命は廻り続けるのか、それとももっと別の空間にいくのか。考え方は様々です。

 

仏教、ヒンドゥー教

 

日本で広く信じられている仏教、それとそれに近いヒンドゥー教では輪廻転生が信じられています。
死んだら同じ世界でまた違う人として生まれてくる、という考え方ですね。

前世、という考え方があるのはこの宗教です。

あなたはもう一度この世界に生まれたいと思いますか?

 

キリスト教

 

キリスト教ではカトリックとプロテスタントで細部は違いがありますが、概ね死ぬ、ということは神の元へ還る、ということだとされています。

死ぬと行き先を決めるための審判が成される、と言われています。
天国にいくか、地獄に行くかを決めるための審判ですね。

つまり死んだ後には天国にいくか地獄にいくか、のどちらか、ということですね。

天国(てんごく、heaven)とは、

  • 神や天使などがいて、清浄とされる、天上の理想の世界。

  • 信者の霊魂が永久の祝福を受ける場所(キリスト教での用法)。

  • (転じて)そこで暮らす者にとって、理想的な世界のこと。何にわずらわされることもない、快適な環境。もしくは、かくあるべきだとする究極の神の創造理想と定義できる世界。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%9B%BDより引用

 

そこに暮らす者にとって理想的な世界とはどんな世界なんでしょう?
たくさんの人がいたら、きっとその人の数だけ理想が生まれますよね。

それが存在するすべての人にとって理想的である場所があるなら、仕組みを知りたい。
この世界でもそんなことができたらいいのになぁって思います。

 

ユダヤ教

 

もともとのユダヤ教では死んだら土に還るとされているので死後の世界や天国、地獄、などという概念はありません。

無になる、ということですね。

 

死んだらどうなるんだろう?

 

いろんな考え方がありますが、私は死後の世界のようなものがあったらいいなぁと思っています。
死んでしまったらこの世で会うことはできないけれど、それでもなんらかの形で死んでしまった人がその後存在していたら面白いと思うんです。

時々チャンネルが混線して、こちらの世界とあちらの世界が混ざってしまう空間があったりするのも楽しそうですよね。

特に幽霊なんかを信じているわけではないんですが、居たら楽しいなって思います。

だってもう一度会いたいし、
自分だって死んでしまっても生きている人たちを見ていたいから。

 

では今日はこのあたりで。

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