人生

悲しみを背負って生きる私たちは愚かな存在なのか、それとも。

悲しみを背負って生きる人たちの集合体だよな、と思った。人間というものは悲しみを背負って生きているんですよ。

気がついていないかもしれないけど、銀座で買い物をしているマダムも、公園で遊んでいる色黒の少年も、歌舞伎町で飲んでいるサラリーマンも、悲しみを背負って生きていると思う。

違うかな。そう考えるとさ、生きているだけで悲しみを背負って生きていかなければいけない私たちは愚かな存在にも思えるよね。

 

でも、本当にそうなのかな。愚かなにも悩み、生きるのが私たち人間の本質なんじゃないかな、って最近は思うんです。

良いじゃない、別に。

 

人はそれぞれ悲しみを背負って生きているんだな

 

私たちは時計に沿って生きている。時計が「今は13時だよ」と教えてくれたら、お昼を食べに行く。

日が暮れてきたら、お腹がすいてきて、夜になったら眠ってしまう。そんな時間の中で生きていると、私たちは「誰かの悲しみ」を意識せずに生きてしまう。

でも、毎分、毎分、人は亡くなっていて、その数だけ悲しみはあって、夢を諦める若者がいて、恋人と別れた人がいて。

夜に隠れて泣いている人がいて。孤独の中で死にそうな顔をしている人がいて。

そんなことを想像したら、この世界そのものが真っ黒い何かで覆われた生きづらい世の中じゃないのかな、なんて思えてくる時もあるよね。

幸せな瞬間しかなければ、私たちは幸せに生きて、何の苦痛も感じずに死んでいくことができる。

そんな世界だったら良いよね。私たちは楽に生きていくことができる。誰も苦しまない世界。誰も悲しみを背負って生きることのない世界が正の方向に広がる。

 

でもさ、人はそれぞれ悲しみを背負って生きていて、その中で小さな希望とか、小さな夢とか、大きな野望とか、そんなものを見つけて生きているんじゃないかな、と思うわけ。今は。

私もさ、父が亡くなってしまったり、借金があったりして、「え、なんでこんなに不幸なの?」思っていた時期がある。

周りと自分を比較して、「あの人は自由なのに、ずるい」なんて汚い感情を持ってしまったことも正直ある。

でも、私だけじゃなかったんですよね。悲しみを背負って生きるのは私だけではなく、誰もがそれぞれ悲しみを持って生きていたんです。

なんかね、そんなことを想像したら、不思議と安心したことを覚えている。私たちは1人じゃない。

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愚かにも生きるから人間らしくて良いんだよ

 

悲しみを背負って生きる、なんて何だか虚しいことのように思えるよね。

愚かな存在に思えて来るよね。でも、それでも生きてみたら良いんじゃないかな、と私は思うよ。

死にたくなるくらい絶望することってあるよね。普段は明るく見える人でも、強く見える人でも、やっぱり弱さを持っていて、悲しみを持っていて、きっとそんな中で生きていると思うんです。

 

愚かだよね。神様なんてものがいるとすれば、「ああ、なんて人間は愚かなんだ。悲しみの中で必死に生きて、つらいだろうな」と笑っているだろう。

私もきっと、笑われている側の人間です。不器用に生きる人間を神様が笑っているのが見えような気さえしてくる。

 

でも、それで良いのかな、って。私たち人間はさ、他の動物と同じで、やっぱり苦しいことがあって、生きていくだけでも大変な思いをしなければいけないようになっているんです。

だからね、もしも悲しみを背負って生きる姿が愚かだったとしても、それでも生きて見れば良い。

最近はそう思っているよ。

人間臭くて良いじゃないですか。

何億光年先の空間まで広がる宇宙を考えれば、私たちが住んでいる地球で、しかも家族とか友人とか、そんな狭い空間の中で起きたことなんて小さなことじゃないですか。

 

でも、そんな小さな籠の中でもがき、生きているのが何とも人間らしくて良い。私はそんな愚かな人間でありたい。

 

だってさ、どんなに悲しくても、生きたいもん。

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悲しみを背負って生きてみたぞ

 

私だってあるよ。もうね、笑えるくらい不幸な時もあって、順風満帆な人生だったのに、なんでこんなに変わってしまうんだ?

そんなことを思っていたことがありました。父親が過労死したんだよね。遺族である私が伝えられる3つのこと。でも書いたのだけど、私の場合は父親が亡くなったことが大きかったかな。

遠藤みきさんの「大切な家族との突然の別れ。車の中で燃えて消えた父を見て、過去のつらい経験が今の自分の強さになる」みたいな経験はしていないのかもしれない。

 

遠藤さんのように、車の中で燃えている父親を見たわけではない。ただ、車の中で亡くなっていた、というだけの話。

でも、私にはやっぱりつらいことで、当時大学生だった私は泣いて泣いて、それでも感情の所在なさがつらくて、つらい毎日でした。

 

彼女と会っても、どこか虚しくて、この世界から色がなくなってしまったような気分。大切な人が目の前から唐突にいなくなってしまった喪失感。

これは何にも代え難いつらさだったのです。

でもさ、それでも生きたのよ。悲しみを背負って今を生きているよ。

今は楽しい。綺麗な海があったら、「綺麗だなあ」と思うし、友人とお酒を飲んだら、「こんな仲間と出会えて良かったなあ」と思う。

だから、生きて欲しい。悲しみを背負ってでも生きて欲しい。私みたいに泥だらけの人生でも良いじゃないか。

不恰好な人生で良い。いつか笑える日が来るよ。

悲しみを背負って、生きてみようぜ。

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水瀬まりも
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