人生

自分という人間を言葉で表現したり、理解してもらうことがすごく苦手なんだ。

私は自分という人間を言葉で表現したり、理解してもらうことがすごく苦手なんだと思う。

でも、これが自覚したのは割と最近のことなんです。私は自分という人間を表現することが得意だと思っていた。

何でも表現することができるし、自分という人間を相手に面と向かって主張することができると思っていたのです。

だから、生きにくいな、なんて思ったことはなかった。私は自然に生きていて、私は何の不自由もなく暮らしていると思っていた。

 

でも、振り返ってみると、私は自分という人間を言葉で表現したり、他人に理解してもらうことがとても苦手だったのです。

 

自分という人間を理解してもらえなかった学生時代

 

私は学生時代、割と青春を謳歌していた方だと思う。友人にも恵まれていたし、割と友人が多い方でもあったかな。

部活をやっていたり、バンドをやっていたり。まあ、楽しく過ごしていたのです。でも、自分という人間を本当の意味で理解してくれていた人はどれだけいたのだろうか。

広めの校庭に出て、サッカーをしたり、文化祭を楽しむ人たちはいた。でも、本当に理解してくれていた人はどの程度いたのだろう。

そう考えると、怖くなった。

 

実は私は自分という人間を表現することが苦手で、多くの人に誤解されて生きてきたのではないだろうか?と思ったのです。

私は中学生からずっとブログを書いてきました。ブログでは、その時に思っていることとか、本音とか、悩みとか。そんなものをひたすら書いていた。

 

本当はどんな人間で、どんな言葉を心の中に持っているのか。そんなことを伝えたかった。でも、いま思えば、それは「自分という人間を言葉で表現できない」がゆえにとった行動なのかな、って。

 

たぶん、理解してもらいたかったんだと思う。私の中にある繊細な部分とか、私の中にある優しい部分とか、私の中にある情熱とか。

 

入り交ざった感情を誰かに理解してもらいたかった。でも、学生時代はほとんど理解してもらうことができなかったんじゃないかな。

いじめられたわけではない。むしろとても良い環境で学習していたとは思うよ。

 

ただ、心から理解してくれるような友人はあまりできなかったのです。

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なぜ理解してもらえないのかわからなかった

 

私には欠落した部分があると思う。何かが圧倒的に足りないような気がするのです。だから、他人がなぜ自分を理解することができないのか、まったくわからない。

自分という人間を表現することは苦手です。それはようやくわかってきた。

 

でも、なぜ私への認識が、私の認識と違うのかわからないのです。

別にさ、「良い人だと思われたい」とか「本当は悪い人だとわかって欲しい」みたいな感情は持っていないんですよ。

別に善悪なんてどちらでも良い。大切なのは、自分という人間を理解してもらうことだったのです。

 

私が死んでしまった時、周りはどんな顔をするのだろうか。その時には理解してくれているのだろうか?

そう考えると、怖くなってくるよね……。私としては100%の力を使って、理解してもらおうとしているつもりです。

素直な気持ちを話しているだけ。でも、それが他の人には伝わらなくて、私の気持ちが他の人には理解してもらえていないような気がする。

私がこうやってブログを書いているのもきっと意外なんだろうな。私は自分という人間を伝えるのが苦手です。

いや、うん、たぶん苦手なのよ。だから、ブログを使ってこうやって伝え続けている。これは私の存在証明だったりもするのかな……。

 

なぜ理解されないのか、私にはわからないまま、ここまで来てしまったのです。私は何者なのだろうか?そんなことまで考えてしまうほどに。

水面にはたしかに私の顔が映っている。でも、心を映す鏡があったら、また違う人間が映るのかな。

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昔は「理解されないならそれで良い」と思っていたけど

 

むかしはね、「理解されないなら別にそれでも良いんだ」と思っていたし、いまでも少しは思っている。

まあ、全員に理解されることなんてできないしね……。でも、いまは自分という人間を表現したり、言葉にしていくことで、少しずつ理解してもらいたいな、という気持ちがある。

 

なぜこんな変化が起こったのか、なんてわからない。私の心情の変化が私でも不思議です。

でも、伝えたいな、と思うんだ。

私は自分という人間を表現することが苦手です。理解してもらえないことが多い。誤解されることが多い。

あなたはこういう人間でしょう?」と言われることと私の認識が違うことが多い。それは私の「伝える努力」が足りないからでもあったりするんですよね、きっと。

 

でもさ、世の中には私みたいな不器用な人間がたくさんいて、声の小さい人たちがたくさんいると思うんです。

だから、そんな人たちのためにも、私は伝え続けたいな、と思う。

 

心の中に住んでいる「」という人間を少しでも外に出していければ良いな、と思う。

こんな不器用でどうしようもない人間がこの世界のどこかにもいるんだ」と誰かが思ってくれたら、それはその人にとっての賛歌になるような気がするから。

 

私はこれからも、この先ずっと、伝えていくよ。

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水瀬まりも
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