人生に悩む君へ

答えのない問いが人を成長させるんだ。

答えのない問いが嫌いな人ってたくさんいると思う。社会で起こることには「答え」のようなものがあって欲しいし、その方が楽だったりもするよね。

 

でも、世の中には答えのない問いがたくさん転がっていて、その上で私たちは生きていると思うのです。

私は答えのない問いが頭の中にたくさんあった。それがつらいと思うこともあった。

ただ、だからこそ私は成長することができたのだと思う。

 

答えのない問いを抱えたら、人は強くなれるのです。必要なんだよ。答えのない問いも。

 

人は何のために生まれて来たのだろうか?と

 

私は子供の頃から自分の「」に対しての感情が強い。私の命はどこからやってきて、どうやって生まれて来たのだろうか?

そして、私は何のために生まれて来たのだろうか?

 

そんな答えのない問いについて考えることがとても多い少年だったように思う。それは今でも変わっていない。

私の生まれる前は世界はどんなものだったのか?そんなものはわからないじゃないですか。

 

文献には載っているけど、それが本当なのかどうかもわからない。神様がいたずらをして書き換えてしまったかもしれないしね。

 

私たちは生まれてきて、歳をとって、いつかは死んでしまうものじゃないですか。

でも、じゃあ何のために歳をとって、何のために死んでいくのだろうか?そして、何のために生まれてくるのだろうか?と思いませんか?

 

私は答えない問いだとわかっていたけど、やっぱり考えてしまうんです。

 

でも、命について、自分の人生について考えると、「いまを一生懸命生きなきゃな」という気持ちが芽生えるんですよね。

「死ぬ」ということ。「生きる」ということ。

 

この2つってセットだと思うんです。死ぬことを意識しなければ、正しく生きることもできないし、生きることを意識しなければ、正しく死ぬこともできない。

 

そう考えるようになったのは良いきっかけだったのかな、と。答えのない問いではある。

だから、悩み続けたところで、「そうか」とはならない。だって答えがないのだから。

 

でも、自分なりの考え方をまとめることはできるんですよね。自分の脳内が整理されることはある。

 

だからね、答えのない問いにも意味はあると思うんです。

関連記事:いつか死ぬから「人生という名の祭り」で踊り狂う。

 

答えのない問いを避ける私たち

 

私たちは答えのない問い、みたいなものを嫌がる傾向があると思う。私たちは学校で「答え」を導くための教育を受けて来たじゃないですか。

国語の授業でさえも、「80点」と点数をつけられてしまう。

 

本当は正しい答えなんてなかったのかもしれないのに。私たちはそうやって生きてきてしまったから、答えのない問いに対する恐怖を持っているような気がするのです。

でも、大事なことだと思うんですよね。

 

答えのない問いから遠ざかって生きてきてしまった。死に関してもそうです。生き方に関してもそうです。

 

たとえば、生き方なんて答えがないじゃないですか。大学を出ていれば良いわけではないし、大企業に入れば良いわけでもない。

 

だから考えないようにしているんですよね。「周りと同じだからこの道が正解だろう」と安心する。

でも、本当にそれは正しいのでしょうか。

 

私は正しくないと思っているんです。答えのない問いだからといって、逃げていたら、自分という人間をわからずして死んでしまうような気がする。

 

自分という人間と会話をしないまま、「世の中に適応した自己」で生きていくことになるんですよ。

そしたらもう、アバターで生きているようなものじゃないですか。

 

答えのない問いだって人生には大事なスパイスです。答えのない問いから逃げることもできるよ。

 

でも、そんなことをしていたら、2、3日経って炭酸が抜けてしまった青いソーダのように、どこか物足りない人生になってしまうような気がするのです。

関連記事:生きたいように生きるという束縛。

 

私は答えのない問いと向き合えて良かった

 

私は思うんですよね。答えのない問いと向き合うことができて良かったな、と。答えのない問いから逃げることも可能だった。

 

でも、私は父親が亡くなってから、さらに考えるようになった。「人はなぜ生きるのだろうか?」と。

 

優しくて、家族のことを大切にしてくれていた父親がなぜ死んでしまうのか?と思っていたのです。

命なんて儚いものだ、と思った。むしろここまでつらくなるのであれば、命なんて悲しいだけの代物で、神様の失敗なのではないか?とも思ってしまう。

 

人類がこの世界に生まれてきた700万年前に神様が風邪を引いていたんじゃないかな?とすら思ってしまうよ。

 

でもね、私は「」とか「」とか「家族」みたいな、答えのない問いを常に考えて来たからこそ、私なりの生き方を確立することができたのだと思う。

 

つらいよ。つらいけどね。つらいのはたしかなのだけど、それでもやっぱり答えのない問いと向き合った方が良いと思うのです。

 

向き合うことで変わることもあるよ。向き合うことで見えてくるものもあるんですよ。

 

私はそうやって生きて来た。向き合うことだけが正しいわけじゃないけどね。わけじゃないけど、私は向き合って良かった。

そう思っている。

関連記事:人生に正解なんてないのだから、自由に生きれば良いんだ。

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水瀬まりも
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