ブロガー「水瀬まりも」とは?
人生

命の終わりまで私は走り続ける。

命の終わり。みなさんは想像できますか?

 

できないよね。命の終わりなんて想像したくもない。怖い。そう思ってしまうものだと思う。

命の終わりなんてある日突然やってくる。そう思うと不思議なものです。こんなにも命を大切に扱ってきたのに、

 

いつかは死んでしまうのだから。命には終わりがある、なんて知りたくなかった。そんな人もいるんじゃない?

でもさ、命の終わりまで、私は走り続けたいんだ。

 

限りがある命を持っているから、私はこれからも走り続ける。

 

儚いほどに、虚しいほどに命は消えていく

 

悲しいけれど、私たちの命には終わりがある。命の終わりなんて知りたくない。大切な人たちと一緒にいたい。

いつまでも楽しい毎日を過ごしていたい。

 

そう思うよ。恋人と。友達と。やっぱり素敵な人たちと素敵な時間を過ごしたいよね。バカな話をしたいよね。

 

でも、命の終わりは存在している。誰しも死んでしまうのです。終わりに向かって、私たちは進んでいる。

 

こうやって歳を取ってくると、周りの人たちが消えていくことがある。悲しいけどあるよ。

私の場合は親だったり、友達だったり。死んでしまった。命の終わりなんて意識したことはなかった。

 

でも、やっぱり大切な人がいなくなると、意識する。「命には終わりがあったのか」と思う。

 

こんなにもあっけなく、儚く命は消えてしまうものなのだろうか。そう思った。

 

明るいネオンが光る大都会にいる時には、心が落ち着く。人々が溢れかえり、すれ違うこともできないような場所。

歌舞伎町とか、渋谷とか。そういう場所を歩いていると、安心する。たくさんの命が存在しているから。

 

でも、外灯の少ない裏路地に入ってみると、途端に寂しくなってしまう。孤独になる魔法をかけられたみたいに、

悲しくなってくるのです。命の終わりなんて知らなければよかった。

 

大切な人なんて誰もいなければよかった。

1人ぼっちの方がまだ楽だった。

そう思ったことを記憶している。いまでもあるよ。たまにね。

 

ああ、命には終わりがあるんだよね」と寂しい気持ちになる。大切な人の顔を思い浮かべて、

もっと大事にしないとなあ」と感じる。1人の時に、そう感じるんだ。

関連記事:僕は「一度死んだ」から生きたいように生きる事が出来る。

 

きっと私は短い命なんだろうな、と今でも思う

 

私の父親は早くに死んでしまった。私が大学生の時に死んでしまった。まあ、たぶん過労だと思うんですけどね。

起業家でしたから……。働くのは仕方のないこと。

でも、やっぱり考えてしまうんですよね。

 

私の命の終わりを。きっと早く死んでしまうのだろうな、と考える。別にネガティブに考えたいわけではない。

 

でも、やっぱり親が死んでしまうのが早かったから、自分もきっとそうなのだろうな、と思ってしまうのです。

こんなにも穏やかな世界だけど、きっとずっとここにはいられないのだろうな、なんて思う。

 

同じような街並み、同じような空。

 

きっと、ずっとは見られない。命の終わりがある。そして、私の命に終わりはきっと早い。

だから、誰よりもこの人生を楽しみたいな、とも思っている。

 

なんでそんなに急ぐの?」なんて聞かれることがある。人生は長いから、一生かけてやれば良いじゃない?

いまじゃなくても良いんじゃないの?と言われる。

 

おじいさんになってからでも良いじゃない?と言われる。でも、私はそうは思わない。

命の終わりなんていつ来るのかわからない。

 

1秒先には意識が飛んでいるかもしれないのです。私の命はきっと短い。だから、命の終わりが来てしまうまで、

 

私は走り続けたいのです。

いつ命の終わりが来るかなんてわからないから、必死になって生きていたい。いまという時間を大切にしたいのです。

関連記事:それでも人生は続くと知ったあの日から情熱だけで生きてきた。

命の終わりは何を意味するの?

 

命には終わりがある。でも、命の終わりは何を意味するのだろうか。

それは「決意の重要性」じゃないかな。

私たちは命の終わりを意識せずに過ごしている。

 

なんとなく「死ぬ」ということはわかっているかもしれないけど、それでも、なんとなく終わりがないような気がしていると思うのです。

だからこそ、私たちは決意せず、行動せず、という感じで終わってしまう。

 

でも、命の終わりは「決意の重要性」を示してくれているじゃない?

 

親の死?友達の死?

きっかけは人それぞれだと思うけど、どこかのタイミングで大切な人が目の前からいなくなってしまい、

命の終わりってやっぱりあるんだ」と実感する。そして、早い段階で行動しなければ、自分の人生は大きく変わらない、ということを意識するようになるのです。

 

でも、だったら最初から意識していたいじゃない?命の終わりを意識することができれば、私たちはもっと輝けると思うのです。

 

私もそう。いま頑張っているのは、身近な人が死んでしまったから。大切な人ともう2度と会えなくなってしまったから。

 

もっと意識しよう。自らの命の意味を。もっと考えよう。命の言葉を。

私は命の終わりまで走り続けるよ。

関連記事:人生はチャンスの連続なんだよ、ホントは。

ABOUT ME
水瀬まりも
月間20万人が読む「テトラエトラ」というメディアブログ運営/4つの会社の経営者、役員(人材会社、広告代理店、映像、不動産)/大学生の頃に父を亡くしビジネスの世界へ/前向きに生きることができる言葉を綴っていくよ。「まりもの秘密基地」というYoutubeチャンネルもやってるよ。
よく読まれている記事