ブロガー「水瀬まりも」とは?
人生

いつか死ぬから「人生という名の祭り」で踊り狂う。

私たちはいつか死ぬ。

いつか死んでしまうという事実から目をそらしてしまいがち。でも、私たちは絶対にいつか死ぬ運命にあるのです。

考えてみたら怖くない?怖くなるよね、普通。向こう側の世界のことなんて私は知らないし、私たちは死んだことがない。

 

だから、いつか死ぬとわかっていても、考えることができないものなんですよね。大切な人もいつかはいなくなってしまうし、

 

私たちの命も、季節がくれば散る桜のように、枯れてしまう。命は有限で、私たちはいつか死ぬ。

 

でもさ、いつか死ぬから、「今という祭り」で踊り狂うんだ。

 

 

小さい頃「死ぬ」という怖さに怯えた経験

 

私は小さい頃に、「ねえ、いつか死ぬんでしょ?怖いよ」と親に相談したことがある。あれは小学校5年生くらいだったかな。

17時に帰りのチャイムが鳴って、砂まみれになって帰った。帰ってからソファに座っていたんだ。

 

そうすると、無性にこわくなってきてしまった。母親が料理を作る音が聞こえてきて、「いつか死ぬのが怖い」と泣いていたのです。

 

みなさんにはそんな経験ないのかな?

私はませた子供だったので、幸か不幸か自分の命が行くつく先を考えてしまったのですよ。

いつか死ぬという事実を再認識し、恐怖につつまれたのです。

 

母親は「私が先に死ぬのだから大丈夫よ」と言いました。いまでも覚えている。でも、それは答えになっていなくて、

 

親が先に死ぬから何なんだろうか?」と思っていた。小さい頃は死ぬこと自体が何だか怖くて、死ぬという事実を受け入れることができなかったように思う。

生まれてくる前のことなんて知らない。織田信長がいた時代のことなんて知らないし、地球の誕生だって知らない。

 

だから、先のことばかり心配するのはおかしなことなのだけど、とにかく怖かったんだ。

 

いつか死ぬんだ」という事実が幼い頃の私を苦しめたのです。でも、いまは少しだけ違うような気がしている。

いまと昔では、自分の命との向き合い方が変わったのかな?と思うんだ。

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恥ずかしいことなんて何もない

 

私たちはいつか死ぬ。そう考えると、怖くなってくるよね。私も小さい頃は本当に怖いと思っていた。

でもさ、どうせいつか死ぬとわかっているからこそ、私たちは強く生きることができるんじゃないかな?と思うわけ。

 

たとえば、電車の中で気持ち悪くなって、吐いてしまったとしよう。自分の歴史の中では「つらい思い出」となって残るような出来事になりますよね。

 

ただ、ここで考えて欲しい。吐いてしまった本人も周りの人間も、いつか死ぬわけで、記憶や身体は消滅してしまうのです。

そう考えると、あらゆる不安って意味がないんだな、と思えませんか?

 

どうせ死ぬわけよ。いつかは。亡骸だけとなって、友人や家族が火葬しにくる。「故人はこんな人でした」と言われ、燃やされる。

 

それだけなんだよね。悲しいことのように感じるかもしれないけれど、全てのものは消えてしまう。

 

だから、どれだけ恥ずかしい体験をしたとしても、どれだけ大きな失敗をしたとしても、本質的にはすべて消えてしまう。

 

もっと裸になってみれば良い。挑戦してみれば良いのです。いつか死ぬとわかっているから、私たちは必死になって、失敗を恐れずに前へ進むことができる。

 

」という発明は神様の偉業だと思うんだ。いつか死ぬから、私たちは何でもできる。

 

死に対しての恐怖はあるけれど、いつか死ぬから私たちは頑張ることができるのだと思っている。

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そうだ、世界を変えてみよう

 

いつか死ぬとわかったら、不思議と力が湧いてくるような気がしている。どんな人生になっても、結局誰もが同じところに行くのだから。

 

どうせなら大きな失敗をして、輝かしく散ってやりたいよね。

 

そうだ、世界を変えてみたらどうだろうか?いつか死ぬ人生なのだから、どうせなら世界を変えるような行動を起こしてみれば良い。

 

主人公は他でもない自分自身。死んでしまったらそこでゲームオーバー。そう考えると、何だかワクワクしてこないかい?

 

私はいつも物語の主人公だと思って、様々な行動を取っているような気がしている。いつか死ぬというゴールへ向かって、

もがきながら、世界を少しだけ変えようと思っているのです。

 

どうせいつかは死ぬんだよ?だったら何をしても良いじゃない?他人からしたら「そんなことできるわけないじゃん」と思われるような夢を追ってみれば良い。

 

ただひたすらに自分の目指す場所まで走ってみれば良いと思うんだ。そしたら見えるものもあるよ。絶対に……。

 

私たちは絶望的な運命の下で生きている。「いつか死ぬ」という事実を抱えながら、私たちは目隠しをされながら歩いて行く。

不安だ。不安で仕方がない。怖い。

 

そう思っているのではないだろうか。でも、心配しなくて良い。私たちはいつか死ぬとわかった瞬間から、受け入れた瞬間から強くなると思うから。

私たちはいつか死ぬから「人生という名の祭り」で踊り狂うんだ。

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水瀬まりも
月間20万人が読む「テトラエトラ」というメディアブログ運営/4つの会社の経営者、役員(人材会社、広告代理店、映像、不動産)/大学生の頃に父を亡くしビジネスの世界へ/前向きに生きることができる言葉を綴っていくよ
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