人間は生きていれば、困難にぶつかる。どんなイケメンでも、どんな善人でも、困難にぶつかる事がある。そして、困難を乗り越える必要がでてくるもの。
幸も不幸も平等に与えられるものなのです。
そして、私たちは目の前に困難が現れたら、「どうにかして困難を乗り越えるんだ」と意気込む。でも、そんな必要はないんじゃないかな、と思うんですよね。
困難なんて、乗り越えようと思って乗り越えるものではないからです。
理不尽なほどに困難は降り注ぐ
私たちはつらい記憶を忘れてしまうもの。人間の脳というものは非常に優れている。だから、つらい事があっても、忘れてしまうようにできているのです。
でも、思い返してみると、私たちは生まれてきてから今日まで多くの困難を乗り越えてきた、という事に気がつくはず。
「あれ?そういえばあんな事あったな」と思いだすはずなのです。私たちは生きていると、理不尽なほどに困難な出来事に遭遇してしまう。
「困難を乗り越える訓練をしたい」なんて神様にお願いした記憶はない。なのに、なぜか心が痛くなるようなつらい事が起こるものなんですよね。
私たちは困難を乗り越える。乗り越えた上で、生きているのです。でも、その時に「乗り越えるぞ」と思って困難を乗り越えてきたのでしょうか。
そんな事はないと思うんですよね。いや、もちろん中には意識して乗り越えた事もあると思うけど、多くの場合は違うと思うんです。
何となく乗り越えてきて、何とか生きてきた。そんな人が多いと思うのです。
理不尽ないたずらを神様はする。私たちは何も悪い事をしていないのに、困難が目の前に降ってくる。でも、そんな困難も意識する事なく、乗り越えてきているのです。
だからこそ、乗り越えよう、なんて思わなくて良いんですよ。つらい事があっても、困難があっても、乗り越える意思を持つ必要なんてないんじゃないかな、と思うのです。
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私にも困難を乗り越えた経験がいくつかありました。
私のも困難を乗り越えるべきとかがありました。どうせ生きるなら、幸せに生きていたいと思うし、不幸せな事なんて起きて欲しくない、と甘えた子供のような事を思っていた。
でも、そんなに世界は優しくなくて、困難が目の前に降ってくる。通り雨のように突然やってくる。
悲しい事ならたくさんあった。父が大学生の時に突然死したり、声がうまく出なくなったりとかもあったな。そんな困難を乗り越える事人生だったような気がする。
確かに、その時には本当につらかった。なんで生きている事ができるのかわからなかった。心はとっくに死んでいるのに、なぜか身体だけはこの世界にいるような感じ。
「まだ生きたい」と身体が言うから、仕方がないから精神がそれに従う。そういう感じだった。本当にそれくらいつらかったんですよ。
でも、今はそんな日々を思い出しても、悲しい気持ちにはならない。いや、厳密に言えばあの時の「困難を乗り越えた記憶」なんて曖昧。
だって、生きる事で精一杯だったから。一生懸命生きて、結果的に今でも生きている事ができているだけだから。
だからさ、あんまり「困難を乗り越えたよ!」みたいな感覚はないんだ。気がついたら乗り越えていて、つらかった日常が嘘のように思える。
目の前のものが全て「緑色のフィルター」がかかって、何を見ても悲しくなっていたあの頃には、つらい事から立ち直る事なんて想像もできないけれど、
実際に困難を乗り越える事ができた。そんなものだと思うんですよね、人間って。「困難を乗り越えるぞ!」なんて思わなくて良い。
今を必死に生きていれば、どうにかなるものなんですよね。もがく必要はない。疲れてしまうから。自分が思う方向に進んで、努力すれば良い。
それだけでどうにかなるものだよ。私はそうだったから。
世界が美しく見える時は、必ずやってくるから。
明日はまた違う日なんだ
困難を乗り越える意思を持つ事で乗り越える事ができた人もいるかもしれない。でも、私はそんな必要ないと思っている。
困難が目の前にあって、どうにもならなくなった時、私たちは乗り越えようとする。離婚の苦しさとか、死別とか、色々あると思う。
でも、困難を乗り越えるほど私たちは強くはない。確かに、困難を乗り越える覚悟を持たなければいけない事だってあるけれど、
私たちは基本的に弱い存在。だから、目の前の事に精一杯になる。そして、何だかわからない内に困難を乗り越える事ができている。
それで良いんじゃないかな。今日という日と、明日という日はまた違う。自分の心や身体が変わっているし、周りだって変わっている。
だから、今日という日を積み重ねていけば良いと思うんです。明日はまた違う日になっていて、少しだけ良くなっている。
そんな積み重ねが人生を形作っていくと思う。良いんだよ、そのままで。困難を乗り越える意思を持つ必要はない。
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