ブロガー「水瀬まりも」とは?
人生

大人になっても子供の時の気持ちを忘れたくないよね。

子供の頃は本当に些細な事でも楽しかった。世界に生まれてみて、まだ10年。あの頃は純粋な気持ちを誰もが持っている。

高校生の時にも持っている。でも、いつしか私たちは大人になってしまって、大人になったら、子供の時の気持ちなんて忘れてしまうわけ。

 

でも、何かそれって悲しくないかな。大人になっても子供でいようよ。大人になっても、子供の時みたいに未来の話をしようよ。

 

日常の全てがワクワクする宝石だった

 

私が子供の時には、世の中にあるあらゆるものがワクワクする対象だったように思う。例えば、空を見上げると月がついてくる、ついてくるような気がする。

吐息が白くなるような冬に、家の駐車場でお父さんに肩車をしてもらいながら、空を眺めて言ったのです。

おとうさん、なんでおつきさまはぼくについてくるの?」と。

 

本当に何もかもが面白かった。大人になっても子供の頃の気持ちを持っている人なんて少ないから、空を見上げる事すらないよね。

仕事の事を考えたり、結婚の事を考えたりするだけで、ぼーっと空を見て、「なんで雲は動くのだろうか?」とか「お日様はどこに隠れているのだろうか?」なんて事は考えない。

 

でも、子供の頃は本当にあらゆるものがワクワクするような対象で、何もかもに疑問を持っていた。でも、私たちはいつのまにか生きる事自体に慣れてきて、

 

周りのあらゆる現象や、モノに疑問を持つ事がなくなっていったのです。大人になっても子供のように、「なんで空は青いの?」なんて聞いたら、

 

こいつ大丈夫か?」なんて思われるから言わない。言わないけれど、そんな気持ちを持っていても良いんじゃないかな、と思う。

 

瞳に映る世界が何だか不思議で、他の惑星から引っ越してきたかのようにあらゆるものに疑問を持ち、ワクワクする。

そんな気持ちを持っていても良いんじゃないかな。あの頃のワクワクする気持ちを大切にしても良いんじゃないかな。

関連記事:かっこいい大人でいるために。

 

お金がなくても楽しかった

 

大人になればなるほど、私たちはお金を欲するようになっているような気がする。でも、何かを買いたいのか?というと、そうではない。

稼いだ金額」が大切だと思っている。「仕事頑張ったね」という証としてのお金であっても、何かを買うわけではなかったりするんですよね。

 

でも、子供の頃は違ったでしょ?「お金が欲しい」のではなくて、「フィギュアが欲しい」とか「カードが欲しい」という感じで、

お金そのものを求めていたわけではなかった。

 

もしも、欲しいものが「貝殻」と交換してもらえるなら、子供の時はそれでもよかったよね。しかし、大人になってからは変わってしまう。

大人になっても、子供のようにお金がなくても楽しい毎日を過ごしていたいけれど、大人になると、なぜかお金が必要になってきてしまう。

 

お金がなくてもできる遊びはたくさんあるのに、オシャレなカフェに行ったり、少し高いホテルブッフェに行ったり。

 

そんな事が大人の遊びになっているのです。大人になっても子供の時のように、私は遊んでいた。砂遊びでも良い。カードゲームでも良い。

プールでも良い。大人になったけれど、大人のような遊びをする必要なんてないんですよね。

 

自然の中をただ歩いてみる事だって楽しいじゃない?先日、私は高田馬場駅近くの「おとめ山公園」というところでカブトムシを友人と探していた。

 

お金なんて交通費くらいだけれど、なぜか楽しかった。大人になっても子供のように遊ぶ事がなぜか楽しかったのです。

 

お金を払っていないのに、遊園地にいるような感じ。お酒を飲んでいないのに、なぜか楽しい。そんな感じがしたのです。

大好きな友達と子供の頃と同じように遊ぶ。そんな経験も良いもんだよ。

 

大人になってもお金のなかった子供時代と同じように遊ぶ。そんな心が今の時代には必要な気がする。

関連記事:僕は「一度死んだ」から生きたいように生きる事が出来る。

 

理想を語る人でいたい

 

子供の頃は多くの理想を語っている。「こうなったら良いよね」という理想があるはず。でも、大人になっても子供のように理想を持ち続けている人は多くはない。

 

大人になると、理想よりも現実を受け入れる事が是とされる。「歌手になりたい」という理想があったとしても、

家族のためにお金を稼ぐ事が大切」という現実を突きつけられる。そして、それを受け入れなければいけない、と思っている。

 

でも、大人になっても子供の時みたいに理想を語っていたいじゃない?現実を受け入れるだけが人生ではないと思うから。

子供の頃に持っていた理想は大人になると居場所を失って、心の中を漂っているような気がする。心の中には理想の生き方とか、理想の世界が存在しているのに、

 

それを理性で隠してしまう……。65際で定年。「何かがおかしい」と気がつく。「誰のための人生だ?」と疑問を持つ。

そういう人って多いんじゃないかな。様々なしがらみの中で生きている私たちだから、理想だけでは生きていけないのかもしれない。

でもさ、大人になっても子供の頃のように理想を語っていようよ。できるだけ、できるだけ語っていようよ。いつか、それが現実になる日がやってくるから。

大人になっても子供の頃のように、真っ白な気持ちを持っていたい。そう思うんだ。

関連記事:将来の夢を言えない君たちへ。

関連記事だよ