ブロガー「水瀬まりも」とは?
人生

父の葬式をした事があるけど、何とも言えずつらいよね。

父の葬式を大学生の時にやったんですよね。父親が突然亡くなったという人に伝えたい事でも書いているのですが、父親は突然亡くなってしまった人間なので、

突然亡くなって、突然父の葬式をする事になってしまったのですよ。

 

でも、何とも言えない気持ちでした。今までに経験した事がない気持ちになったんですよね。

父の葬式って多くの人が経験する事だと思う。

 

だからこそ、先に経験した私が書いていこうと思うんだ。

 

 

あっという間に葬儀になる

 

葬式全般に言える事だと思うのですが、亡くなってから実際に葬式を行うまでの期間って非常に短いんですよね。

 

私の場合は5日後くらいだったかな。本当にあっという間でした。父が亡くなった事ですらイマイチ理解していないのに、

あっという間に葬式になるんですよね。初七日とか、なんだかよくわからない言葉を並べられて、結構な値段の葬式をした。

 

ああいう時の葬儀屋の人って、本当にドライに進めていくのね。不思議な感じでした。心の準備がないままに、何となく準備が進んでいった。

私の母親は生きていたのだけれど、気が動転していて、何もする事ができない。私がほとんどの対応をしていたんですよね。

 

香典返しはこれにしよう」とかそんな事を大学生である私が決めていたんですよね。本当にあっという間でした。

本当に時間がありませんでした。私の父の葬式にはそれなりの人数が来ていて、「今まで見た中で1番大きな葬式だった」という事を言っていました。

 

あの時より歳をとった私ですが、今思っても、父の葬式の規模は大きかったんじゃないかなあ。世間的にも有名な起業家とか、議員さんとか、芸能人とか、

 

たくさん来ていました。本当に大変だったなあと思うんですけどね。

何て言うんでしたっけ、葬儀の時のスピーチみたいなものも、母ではなく私が担当したのですよ。あんなに大勢の前でスピーチをする事もなかったので、

不思議な感じでした。父の葬式の時には一切緊張しないものなんですよね。不思議と。

 

そんな怒涛の毎日だったのです。

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非現実的でしかない葬式

 

父の葬式に参加しているはずなのに、なぜか実感がないのですよ。

 

あれ?何をやってるんだろうか?」と思ってしまっていたのです。父親が亡くなってしまった事は事実。もう2度と会える事はない。

記憶の中にはしっかりと存在しているけど、顔を合わせて話す事はできない。

 

でも、葬式を開いている自分とか、あの時の事とか、本当に覚えていないのです。少しは覚えているけど、

 

誰と話したのか?とか、そんな事はあまり覚えていない。ただ「亡くなったんだな」という気持ちだけしかなかった。

 

父の葬式って経験すればわかると思うけど、本当に何も感じないものです。悲しいから泣いてしまうのだけれど、どこか非現実的。

 

昨日までは一緒にいたのにな」という感情だけ。一緒に過ごしてきた毎日だけが思い起こされてきて、つらい気持ちになったような気がします。

 

父の葬式にはたくさんの人が来てくれました。たくさんの人と話した、とも思う。きっと「これからは大変だねえ」なんて言われたのでしょう。

 

断片的には覚えているのですが、何かボヤッとしているのです。きっと、経験した人ならわかるんじゃないかな。

あの、何とも言えない独特な感じ。何とも言えず、漠然とした悲しい気持ち。

 

その時の気持ちを表現する言葉があったら、まだ私の気持ちは外に出ていったのかもしれない。でも、なかったんですよね。

 

つらかったなあ。本当に疲れた。何もかもが嫌でした。

 

生きていても、何だか虚しかった。でもね、だからと言って絶望していたわけではない。多少は自暴自棄になっていたのかもしれないけど、

私の心はむしろ燃えていたと思っている。どんな時でも現実と闘っていく覚悟を持っていた。

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死ぬほどつらい現実の中を吹き飛ばせ

 

父の葬式が決まって、直前まで一緒に笑ったり、一緒に出かけたり、そんな風に過ごしていた父との別れはつらく、悲しいものでした。

でもね、そのまま悲しんでいても仕方がないと思ったのです。

 

現実は時に厳しい。人間が耐えられないような現実が目の前に突然現れる事がある。ただ、そんな時こそ、私たちは現実と闘っていく必要があるのですよ。

 

私は父親が亡くなってから、必死に会社を維持してきた。今では自分の事業も持っている。これは父親が亡くなっていなかったら経験しなかった事だと思うんですよね。

 

ぬるま湯人生を歩んで来た私にとっては、本当に大変な事が起こったわけだけれど、私は父親が亡くなったから、人生の意味を考えるようになった。

 

本気で生きてみたいと思った。

 

いつか命は終わってしまうんだよ」という事実を教えてもらったような気がした。

 

自分の情熱を燃やして、ひたすら前を見る。もしかしたらつらい現実がまたやってくるかもしれない。でも、それでも頑張りたいと思った。

 

本気で生きていきたいと思った。父親は葬式の前、死んでしまったあの瞬間からもうこの世にはいない。

 

それはつらく悲しい事だけれど、だからこそ私は心を燃やして頑張っていこうと思うのです。

 

同じような境遇の人ってもしかしたらいるのかな。このブログを読んでいたりするのかな。

 

そんな人たちも、悲しんでいるだけじゃなくて、もっと前を向いてみて欲しい。生きるって楽しいよ。生きるって素敵だよ。

 

悲しみの海の中では、未来が真っ暗に見えてしまう事もある。でも、未来は明るい。未来は楽しい。

 

未来は自分でいくらでも変えていける。そう思うんです。

 

お互い、頑張ろうよ。1度切りの人生の中で、燃え尽きようよ。

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