立ち止まる事で見えるもの、消えゆくもの。

忙しい毎日を過ごす中で、時間というものは冷笑的な笑みを浮かべてただただ流れていくものです。

 

「今日は何曜日だっけ?」「もう4月になるの?」

 

そんな言葉を毎年口に出しているのではないでしょうか?そんな私たちは流れゆく時間の中で、ただただ流されてるだけで、

立ち止まる事を忘れている時があるのではないか?そう思うのです。立ち止まる世の中で、ふと立ち止まってみると、見えてくるもの、

消えゆくもの。

 

 

こんなにも長い道を歩いて来たんだな

 

立ち止まる事がなければ、私たちは自分たちがどれくらいの年月をこの地球で過ごしてきたのか?という事でさえも認識出来ないと思うんですよね。

立ち止まると、意外にも長い道を歩んで来た自分がいたりして。立ち止まると、あまりに長い道を早足で、勇み足で進んで来てしまったのではないか?

 

そんな事を思う事があるんです。私もその他大勢の人たちと同じように、忙しい時間の中で何となく流されてきてしまった。

意識してきたわけではなく、何となく流されて来たのです。数十年間生きて来たなんて思っていなかったし、立ち止まる事なんてしてこなかった。

でも、立ち止まってみると、不思議なほどに自分が歩いてきた道が長く、霞んで見えたのです。

 

ただ、立ち止まった事で、時間の流れを認識意識する事が出来るのって、とても大切な事だと思っているのです。

私たちはいつの間にか人生を進んで来て、どこかで死んでしまうものです。やりたい事をやってきた人、やりたくない事をやってきた人、

様々な人がいると思います。でも、等しく誰もが終わりに向かって歩いているのです。

立ち止まると時間の流れを意識する事が出来るようになります。どんな道を歩んで来たにせよ、ね。

 

そこで、ふと思うのです。

 

「私は何のために生まれて来たのだろう?」

 

いつの間にか、私たちの全ての行動は「生きるための行動」に流れてしまっていないだろうか?私たちは何かをするために生まれて来たと思うし、

心の綺麗ではない音を聴きながら、歩んでゆくべきだと思うのです。

 

立ち止まる瞬間、私たちは自分の人生が見えるのです。何をすべきなのか?何が正しいのか?

 

立ち止まる事により、見えてくる世界だってあるものなんだ、と思うのです。

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命の音で誰に何を届ける?

 

立ち止まると、自分の人生があまりにも短く、儚いという事に気がつくと思います。私も立ち止まるまでは、過ぎ去ってゆく日常生活に何の感覚も持ちませんでした。

でも、立ち止まると、自分の人生を俯瞰する事が出来るようになるのです。後何年生きる事が出来るのだろうか?人生で何が出来るのだろうか?

 

そんな事をボーッと空を眺めたりしながら、考えるわけです。立ち止まると、意外にも残された時間はそこまで多くはない事に気がつくと同時に、

何か、心の中で、「何かをしなければ」という声が聞こえてくるのです。命はいつか消えてしまうものです。正しく清い人間でも、

いつか死んでしまうものなのです。

そんな「いつか」までに私たちは何をするべきなのだろうか?

 

そんな事を考えていく事が大切なのではないか?と思うのです。人間は兎角考える事が苦手な生物です。何かを成し遂げる時に負ってしまう、

痛みや傷だって、人間は避けて通ってしまうものです。でも、生きている時間なんて後少しだけなんだ、と思えばあらゆる恐怖から解放されると思うのです。

 

長く生きたいと思うのは人間の性です。エジプト王朝クレオパトラは「老いる事」を過度に恐れていたとも言われています。

不老長寿の薬だって、長年人類が考えた来たものの1つです。でも、そんなものはないわけで、いつか私たちはゼロになってしまうのです。

 

それまでに、何が出来るのか?命の音を誰に伝えるのか?何を為すべきなのか?立ち止まる事で、深く考えるのです。

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大切ではない「何か」は消えてゆく

 

立ち止まる事で見えるもの、ありますよね。でも、立ち止まる事によって消えゆくものもきっとあると思うのです。

では、何が消えていくのか?というと、「大切ではないもの」だと思うのです。

 

私たちは生きている中で、大切ではないものを多く手にしてしまっていると思うのです。お金、家、プライド…

そんなものを手にするばかりで、本当に大切なものは手にする事が出来ていない事なんていくらでもあるのです。

 

立ち止まると、自分にとって大切ではないものが見えてくるのです。自分の中にある小さなプライドや、自尊心、お金、そんなものは本当は必要ないのに、

 

長い間生きていると、台所についた錆のように、離れないままついてしまうのです。でも、そんなものは必要がないと思っているのです。

 

皆さんは、死ぬ直前に「お金が欲しい」と思いますか?思いませんよね。お金や矜持なんて本当は大切なものではないはずです。

自分にとって必要なもの、必要ではないものを見極めるために、立ち止まる事だって大切な作業なのです。

 

忙しい毎日の中で、私たちは「流れてゆく時間」を意識する事が出来ません。でも、ふとした瞬間に立ち止まる事で見えてくるものだってあるんですよ。

立ち止まる事で見えるもの、消えゆくもの。

 

皆さんは残りの人生、どんな生き方をしますか?

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