理解してもらえなくて当然

皆さんは何か自分でやるときとか自分でなにかを決断したときに誰かに理解されたいという気持ちはありませんか?

 

しかし、その気持ちが大きくなってしまうとその気持ち自体で自分が苦しんでしまうということもあるのです。

今回はそんな理解されたいという気持ちについて書いてみたいと思います。

 

 

全員の理解ではなく、一人の理解があればいい。

 

 

皆さんは自分では誰かに理解されたいと思っていないとおもっていても、実際は「理解されたい!」って心のどこかで思っているときがあります。

もちろん私にもそういう感情はあります。

 

でもこれが周りにいるひとの多くに理解されたいという感情になってしまうと自分を苦しんでしまうことになるのです。

 

理解されたいといくら思っていても、他人と自分というものは基本的には違う生物であるし、違う環境で育ってきたので当然性格や思想も違う。

 

だから、自分と違う考え方のひとにいくら理解されようとしてもそんなことは無理です。私も理解されたいとは思いますが、自分とは全然違う考え方をするひとに対して理解されようとは思いません。

 

なぜなら同じ土俵で話すための知識がない場合もあるし、根本的にわかりあえないということもあるからです。

人間ってどこかに承認欲求を抱えているものですから、理解されたいという感情があるのは仕方のにないことなので受け入れるしかありませんが

 

なので、周りにいる一人だけでもいいので理解してくれるひとを作りましょう!どんなひとでも理解してくれるひとってのはいるものですよ。それがたったひとりでもいれば怖いものはありません。

周りにいる多くの人から理解されたいという感情のせいで自分が苦しんでしまわないようにしましょう。

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多くのひとに理解されたいということは多くのひとが選ぶ当たり前の選択肢を選ぶということと直結します。

なぜなら、自分の進む道や決断がマイノリティであった場合、大多数のひとは理解してくれないからです。しかし、自分のやりたいことが本当にあるのならそれをやってみるべきだと思うんです。

 

自分の選択に自信を持つことなんてほとんどひとが出来ないですよ。不安で、悩みながらきっといまできることを精一杯やっているんです。

理解されなくても、馬鹿にされようとも自分の宝物のような夢があればきっとやっていけると思いますよ。

 

夢を語っているひとって結構いるんですよ。3年後に会社を辞めて会社をおこして大成功するんだ!とか結構聞きますよね。

 

でも、その後本当にやるひとってどれだけいるんでしょう。実際はほとんどいないんじゃないですかね。

 

確かに色んな事ありますよ。

 

親がうるさかったり、周りと比べてしまったりそういうことたくさんあります。周りでも最初は夢を追っていたのにいつしかそんなこと忘れてしまうひとだってたくさんいました。

 

私は理解されるなんてもっと先でも良いと思うんですよね。例えば自分で下着ブランドを立ち上げたとします。でもそれを理解してくれるのはきっともっと先のことなんですよ。

 

メディアとかでも有名になってきたり、実際に売れてきてからだと思います。

そういう感じでいいと思うんですよね。そしたらそのうち理解してくれるひとがだんだんと増えていきtますから。

もうこれは実績で勝負するしかありません!

 

というわけで今回は理解について書いてみました。

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小さな会社の経営者・エンジニア。生きにくい今の世の中で、孤独を感じている人たちを繋ぐ居場所が作れたら良いな、と思って奮闘中。優しい社会を作ります。