皆さんには嫌いなひととか苦手なひとっていますか?もちろんこれは人間なのでいると思います。
私も自分と全く相容れなくて理解できなくてイライラしたりすることって意外とあったりするんです。
でも、実は嫌いなひとと自分って実は似ていたりするんですよ。そんな事実に気がつくことが出来たらもっと違った生き方が出来るんじゃないかな?って思います。
皆さんにもきっとあると思いますよ?
自分を客観的にみるって難しい
自分を客観的に分析することってとっても難しいですよね。私もそれは全く同じでいつも自分の考えたことは一番良いものだと考えてしまって、失敗することがあります。
自分の性格に関してもそうですよ。
自分は割と優しいとか相手のことを考えることができるとかってみんな自分で思っている節があると思います。でもそれって実は自分のことを冷静に見れていないことがたくさんあります。
そんなときにこの記事の内容を少しだけ思い出してほしい!
例えば、自信満々に仕事について語ってくるひとがいたとしましょう。仮に高木さんと名付けましょう。
高木「今度俺が受けることになったクライアントがさ、1億の出稿費使って今度宣伝するんだけどこれのせいでまあ忙しくてね!全然寝れねえのwww」
ってひとがいたとします。
書いているだけでもイライラしてきました。
でも、これにイライラするということは実は自分にも同じような側面があるということだと私は思っています。
人間って自分が完璧だと思っていることに関しては寛容になるものです。いつも頑張っているひとは頑張っていないひとに何を言われても怒ることはないでしょう。
だって、そもそも眼中にないから笑
だから私はいつも相手に対してイラっとして嫌いになったら自分にもおなじようなところがないか?ということを考えるようにしています。
そうすると結構同じようなところってあるものなんですよね。
なぜ自分を客観的に見れないのか?
私たちは、自分という存在を常に相対的に捉えてきたとおもうんです。だから、人と比べて自分がいまどんな位置にたっているのか?ということを確認していくという方法です。
つまり、自分を見つめるという行為の大前提に他人を見るということをしてしまっているのです。結果的に自分のことなんてみる時間はなくなって他人と比較するような人生になってしまうと思うんです。
また、親や周りからの評価が自分の本質であると理解してしまったということも原因の一つでしょう。親が思う子供の性格ってたぶんかなり間違っている部分があると思います。
親は自分が産んで、育ててきたから「なんでもわかっている」って思っているんですね。でもそんなことはありません。
明るいと思っていた子供が実は暗かったなんてこともあるし、弱いと思っていた子供が強かったなんてこともあるんですよ。
でも、たいていはひとは親の評価や周りの評価に自分をあわせていってしまうものです。(だからこそ、苦しくなってしまうひとがいるんですよwww)
すると、自分ってどんな人間だったっけ?なんてことさえもそのうちわからなくなってしまうのです。
私の友人でも母親からずっと「良い子」だと教えられて育てられてきたひとがいましたが、そんな彼も軽度のパニック障害になってしまいました。
つまり、自分が親の理想に寄り過ぎてしまったんですね。
自分という人間は自分にかわからないものです。だからこそ、自分がどんな人間なのかということをもう一度考えてみてもいいかもしれませんね!
嫌いだなって思うひとにあったら自分と向き合うチャンスかもしれません。意外と自分と似ているところがあるのが嫌いなひとですからきちんと考えてみてください。
まあでも、嫌いな人は嫌いで良いと思います。だって嫌いですからね。そういうひととは仲良くなる必要がないです。
だからこそチャンスだと思って利用してやりましょう!笑